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(C)Yuuki nanase 2010 - 2013



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守りたいもの
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「梨子ちゃんのソリストの件にしてもそうです。これに関しては、二葉先輩と塚本先輩が梨子ちゃんの演奏を実際に聴いて判断したと聞きました。それに異を唱えるのは先輩方の耳と感覚を疑うことに」
「もういいわ!」

女子生徒は顔を大きく横に振りながら声を荒げた。そして梨子を睨みながら、

「あなたはそうやって、いつも誰かに守られてる…………二葉先輩にも言えばいいわ。そうしたらきっと、先輩は尚更あなたを気にかけるでしょうね」
「どういう意味ですか、それ」
「……私だけじゃないわよ」

全く話の流れが読めず、梨子は首を傾げた。

「あなたを良く思っていない人間は私以外にもたくさんいるの。今回のオケに関してだけじゃない。あなたを取り巻く環境や境遇に対して」
「……境遇?」
「それは、別にあなたが悪いわけじゃないってことは、本当は私もわかってる。でもどうしようもないの。どうしたらいいのかがわからないから。…………気をつけた方がいいわよ、宮川さん」
「気をつけるって……?」

梨子の問いに答えることなく女子生徒は踵を返して立ち去ってしまった。取り残されたふたりはしばらく、女子生徒の消えた屋上の扉を見つめていた。

「もしかして僕、余計なことしちゃったかな?」

自分が登場して余計なことを言ったせいで、女子生徒にいらぬことを言わせてしまったのではないかと遥は気にしていた。

「そんなことない!遥くんがいたからなんとか切り抜けられたんだよ。ありがとう」

あのままだったら梨子自信も怒りモードに突入していた可能性がある。そうなれば事態は泥沼化し、収拾不可能となっていただろう。

笑顔を取り戻した梨子を見て安心したのか、遥は安堵のため息を吐いてから梨子の隣に座った。

そして、

「はっ、遥くん?!」

遥は両腕でゆっくりと梨子を自分の胸に抱き寄せた。突然のことに梨子はパニックに陥っていた。

「梨子ちゃんが無事で良かった」

最初はあの場に突入すべきかどうか迷った。梨子も女子生徒と対等に渡り合っていたし、心配はいらないだろうと思っていた。しかし、あの時ばかりは身体が勝手に動いていた。考えるよりも先に身体が反応してしまっていたのだ。

あの時、遥が介入しなければ梨子の顔に傷がついていたかもしれない。なぜなら女子生徒の手が梨子に殴りかかる寸前だったからだ。

「梨子ちゃんに何かあったらどうしようかと思った」
「遥くん……」

抱きしめた梨子の肩に顔を埋めてぽつり呟く遥の背中を、梨子は優しく撫でた。

「遥くん。心配してくれてありがとう」
「当たり前だよ。梨子ちゃんは大切な……大切な友達だから」
「あと、助けてくれてありがとう」
「……どういたしまして」

いつだって、梨子ちゃんは僕が守るよ。そう言いかけて、止めた。
できることなら、梨子を守るのは常に自分だけでありたい。しかし、そう願っているのは遥だけではないはずで。梨子の隣にあることを切望している人間たちを遥は複数知っていたし、第一梨子の意思を無視して伝えるのも気が引けた。

「なんだか、癖になりそうだな」
「何が?」
「梨子ちゃんを抱きしめること」
「は……はる、か、くん」
「すっごく、気持ちが落ち着く」

自分の胸に顔を埋める梨子の髪の隙間から見える耳が赤く染まっているのを見た遥は笑いをこぼす。

小さく細いながらも女の子特有の柔らかさを持った身体と梨子から溢れる甘い香りが遥の心を掴んで離さない。

「あ、あの、遥くん」
「ん?」
「あのね、そろそろ恥ずかしいかも……って」
「ああ、ごめんね」

名残惜しく思いながらも、遥は梨子を抱きしめていた腕を解いた。俯きながら離れる梨子の顔はまだ赤みを帯びている。

「梨子ちゃん、練習室は何時から?」
「えっと……、あ、もうちょっとで時間だよ」
「それならこれから、」
「梨子!」

遥が言いかけたところで、屋上の扉が開く音のした直後に誰かが梨子を呼ぶ声が聞こえた。それは梨子にとって耳に馴染んだ、よく知っている声で。

「蒼ちゃん!」

梨子は嬉しそうに蒼輔の名前を呼びながら駆け寄った。

「蒼ちゃん部活は?」
「今日はミーティングだけだったんだ。だからね、時間があったから、探検がてらちょっと校内の散歩してたんだ」
「お散歩?」
「そう、お散歩」

そしたら梨子見つけちゃったー、と蒼輔は微笑みながら梨子の頭を撫でた。そして、梨子の後ろからこちらに近付く遥を見て、

「そちらは、もしかして天宮くんですか?」

突然蒼輔に声をかけられて驚いたような表情を見せた遥だったが、

「そうですけど、どこかでお会いしました?」
「あ、ごめんなさい。俺は櫻井蒼輔。普通科の一年で、梨子の幼なじみなんです。天宮くんのことは梨子から聞いてて、目と髪の色ですぐわかりました」
「へえ、梨子ちゃんが」
「新しい友達ができたって、それはものすごく嬉しそうに話してますよ」
「そ、蒼ちゃん!」

蒼輔の袖を引っ張りながら恥ずかしいと訴える梨子を見て、蒼輔はごめんねと一言伝えながらポンポンと梨子の頭を軽く叩いた。

「えっと天宮くん」
「はい?」
「もう用が済んでたら梨子を借りたいんだけど、いいかな?僕も梨子に用事があるんだ」
「蒼ちゃん私にご用なの?」
「うん。だから、いいかな?天宮くん」
「どうぞ。僕はもう済んだから行くよ。じゃあね、梨子ちゃん」
「遥くん、さっきは本当にありがとう」

遥はどういたしましてと言いながら梨子の頭をひと撫でしてから屋上から出て行った。

「蒼ちゃん、ご用ってなに?」
「ああ、それはね……」
「蒼ちゃん?」

ニコニコしながら黙って梨子を見つめる蒼輔に、梨子はわけがわからず首を傾げた。





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