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柔らかな陽射しと共に
2 / 3 「梨子もヴァイオリニストになるっていう立派な目標を持っているけれど、それが変わる可能性は決してゼロじゃないでしょ?人生何が起こるかわからないからね。だけど、夢や目標が変わることは全然悪いことじゃなくて、むしろいいことだと俺は思うんだ。自分が一生懸命やりたいって思えることにいっぱい出会えるなんて幸せなことだもん。だから、そんな時に勉強しておけば良かったなんて後悔するのは辛すぎるから、今できる精一杯のことをして欲しいな。未来の自分のためにね」 「未来の?」 「そう。未来の梨子のために。…………なーんてね。柄にもなく語っちゃった」 照れるな、なんて言いながら優希は恥ずかしそうに笑った。 しかし、梨子は一緒に笑うことができなかった。何故なら、梨子は新たな一面を見てしまったような気がしたからだ。知らなかった。優希がこんなことを考えていたなんて。いつでもヘラヘラと笑いながら適当になりゆきにまかせているようにしか見えない優希が、こんなにしっかりとした考えを持っていたなんて。 驚いたように何も言わない梨子に、 「ただ梨子は頑張りすぎだよ」 「え?」 優希は椅子から立ち上がってテーブルへ身を乗り出して梨子の頬に触れた。 「目の下にちょっとクマできてる」 「え、うそ?」 「ちょっとだけね。ヴァイオリンの練習もして、授業の予習と復習もきっちりやってるんだって?」 「……どして?」 梨子は予習と復習は朝早く起きた時や授業の合間の休み時間などにしているのだが、どうして優希がそれを知っているのか。 「うち五人兄弟だよ?情報の出所はいくらでもあるんだよ。あと、誰よりも梨子のことを心配してて、梨子のことを何よりも大事に思ってる修司お兄ちゃんとか」 「お兄ちゃん?」 優希は優しく微笑みながら頷いた。 「頑張るのは良いことだよ。でも頑張りすぎて身体壊したら全部が駄目になっちゃう。そんなことになったら一番悲しいのは梨子でしょう?」 「だ、だけど!」 「梨子が頑張ってるのはちゃんと皆知ってるから。だから、頑張っている自分にたまにはご褒美をあげてもいいと思うんだ」 「ご褒美?」 「そう。休息っていうご褒美」 優希は「だからね、」と言って続けた。 「いっぱい頑張ってる自分に今日はご褒美をあげよう?今日はいっぱい休んで、また頑張ればいいんだよ。そして疲れたらまた休む。神様はちゃんと頑張っている人のこと見ててくれてるから、だから休んでも怒ったりしないよ。むしろ『梨子はどうして休まないんだ!』て怒ってるかもしれないね」 頭の横に立てた人差しで二本の角を表しながら冗談を言う優希に梨子は笑いをこぼした。そして、 「ありがとう優ちゃん。私ね、ただいっぱい練習すればいいと思ってた。でも……私、大事なこと考えてなかった」 「俺たちはね、梨子のことが大好きだから梨子が笑ってたらそれだけで嬉しいし、悲しい想いをしていたら俺たちも悲しいんだ」 「それは私も同じだもん!」 「知ってるよ。ちゃんとみんな知ってるから」 昔から家族同然に育ってきた梨子たち。みんなそれぞれを大切に想う気持ちは同じなのだ。 「よーし、このままお昼寝しちゃおうか」 「お昼寝?」 突然のことに頭がついていかず、キョトンとしている梨子にクスッと笑いをこぼした優希は足元に用意しておいた大きめのカゴを手に取ると、その中から薄手の毛布を一枚取り出し、テーブルから数歩離れた場所にバサッと広げて敷いた。 「梨子こっちおいで」 優希が手招きする場所へ梨子は足早に近付く。 「ここでお昼寝しよ?靴脱いで上にあがって……ゴロン!」 そう言いながら毛布の真ん中当たりに横になった優希は梨子を再び手招きして呼んだ。梨子は脱いで靴を揃えて置いてから、優希の隣に寝転んだ。 「気持ちいいー」 「たまにはひなたぼっこもいいねえ」 カゴからブランケットを取り出した優希は梨子にそっと掛けた。 「ありがとう。でも優ちゃんも一緒!」 梨子は自分の身体に縦に掛けられていたブランケットを横にして、自分と優希のお腹の辺りが隠れるようにして掛け直した。 「ありがとう、梨子」 ふわっと笑いながら横向にした身体を肘をついて支えている優希は、空いている方の手で梨子の頭を優しく撫でる。しばらくそのまま続けていると、静かな寝息が聞こえてきた。 「おやすみ。梨子」 ポンポンと数回梨子のお腹を軽く叩いた優希は、梨子の寝顔をじっと優しい眼差しで見つめた。 それから十分ほど経った頃、 「随分と楽しそうだな」 優希と眠る梨子の元へやってきた大輝は、そのまま梨子を挟んで優希と反対側に寝転んだ。 「兄貴レポート終わったの?」 「終わってない。けど今日はもうやめた」 大輝は今日はずっと締め切り間近のレポート作成にかかっていたが、部屋の窓から見えた優希と梨子があまりに楽しそうなため、我慢できずにレポート作成を放棄してきたのだ。 |
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