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(C)Yuuki nanase 2010 - 2013



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Stand by you.
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「前から思ってたんだけど、天宮くんってすっごい目の色綺麗だよね。ハーフなの?」

遥から梨子を挟んで隣に座る大学の女子メンバーが言うと、遥のダークブラウンの髪と日本人離れした碧い瞳にその場の視線が一気に集まった。

「クォーターですよ。母方の祖父がフランス人なんです。でも、祖父の国籍はフランスとはいっても、なんだか色々な国が混ざってるみたいで一概に何処とは言えないんです。ヨーロッパ系っていうのは確かなんだそうですが」

そう言いながら遥は苦笑した。

「遥くん、中等部にはいなかったよね?」
「うん。高等部に入る前まではイタリアに居たんだ。親の仕事の関係でこっちに戻ることにしたんだけど」

それでメンバー発表の時に梨子とちひろがいくら記憶を探ってもピンとこなかったのだ。

「本当はあのままイタリアに残るっていう選択肢もあったんだ。叔母さんが歓迎してくれてたし。けっこう迷ったんだけどね」
「でも日本に戻ることに決めたんだね」
「うん、そうなんだ」

ようやく遥について少しだけ謎が解けたような気がして、梨子はあの発表の時に一緒に頭を悩ませたちひろに後で知らせてあげようと思った。

それから梨子と遥は大学部メンバーに質問責めにあいながらもゆったりと休憩時間を過ごすことができた。そして、

「さて、休憩はもうすぐ終わりだよ。みんな戻ろっか」

潤の声に反応してメンバーたちが一斉にソファーから立ち上がり、ホールへと戻っていく。

「梨子ちゃん頑張ってね。僕チャイコンは出番がないけど、応援してるから」
「ありがとう遥くん」

梨子はホールへと入る直前、こっそりと拳を握り締めて気合いを入れ直した。

ソリストのポジションに梨子はヴァイオリンを手に立つ。オーケストラは大学のメンバーのみなので、ホールの端には遥をはじめとする高等部メンバーが並んで座りこちらを注目している。

オーケストラを背負うような位置にいる梨子はチューニングをしながらも、背中に様々な意識が集中しているのを感じていた。

焦ってはいけない。緊張してもいけない。ただ練習した通りに弾けばいい。梨子はそう自分に言い聞かせた。一度目を閉じて深呼吸をする。そして大丈夫だと自分に暗示をかけた。

梨子は顔を上げて恵介を見る。頷いてから目で合図を送る。同様に頷いた恵介は梨子の後方、コンマスである潤と合図を交わした後、指揮棒を構えた。

チャイコフスキー作曲、ヴァイオリン協奏曲、ニ長調、作品三十五。

オーケストラの序奏からはじまり、やがて独奏ヴァイオリンパートに入る。つまりは、梨子の出番だ。

オーケストラの音が途切れた次の瞬間、梨子の奏でるヴァイオリンの音にその場にいる全員が息を飲んだ。たった一人を除いては。

指揮棒を操る恵介だけは、少し口角を上げて嬉しそうに笑みを浮かべている。恵介は単純に嬉しかったのだ。自分の直感と耳が確かだったことが。そんな恵介を見た潤の顔も自然とほころんだ。

「……すごい」
「音が違う」
「宮川さんて、こんなに……」

高等部メンバーの中で梨子の実力に疑いを持っていた者たちも何人かはようやく納得がいったようだ。

ソナタ形式の第一楽章が終わり、複合三部形式の第ニ楽へと入った。
しかしここまで調子良く演奏をしていた梨子に徐々に異変が現れ始めた。第一楽章で華やかな技巧を披露していたとは思えないほどの演奏。さして難しくない場面でのミスが続く。

「宮川さん、なんかおかしくないか?」
「どっか指痛めたとか?」
「いや、でも普通に弾いてるし」

梨子の異変には恵介も気付いていた。目が合う度に「大丈夫、焦るな」と目線で合図を送るも、梨子の焦りはおさまらなかった。

いつも通りに弾こうとすればするほど逆に上手くいかない。動かない指、繋がらない旋律。それがまた気持ちを不安定にさせる悪循環。

不安な気持ちを引きずったまま最終楽章、ロンドソナタ形式の第三楽章へと突入する。

梨子が短い時間の中で何度も繰り返し練習した第三楽章。既に耳になじんでいたメロディーが少しだけ梨子に安心を与えた。幾分か第一楽章の時のような調子を取り戻しながら演奏を続け、フィナーレを迎える。

まさかこんな演奏になってしまうなんて。梨子は自分の不甲斐なさに思わず目を閉じた。練習の時にはもう少し弾けていたはずなのに。

一方、オケメンバーたちの反応はといえば、

「なんか、すごかったのは最初だけ?」
「でも、この短期間であれだけ弾きこなしてればすごいと思うけど」
「やっぱり塚本君の方が良かったんじゃないかな」

初回とはいえ、梨子の演奏に対して期待外れだという声が多いようだ。大半のメンバーが「自分より梨子の方が上」と宣言した潤の方が適任なのではないかという疑問を抱え始めていた。

そんな声は勿論梨子だけではなく潤や恵介の耳にも入っていた。

梨子はせっかく自分を信じて任せてもらったにもかかわらず、潤と恵介に申し訳ないという気持ちでいっぱいだった。そんな時恵介は、

「チャイコンも細かいことは次回言うから。……そうだな、時間あるから今日は引き続き交響曲の練習に入る。急いでメンバーチェンジ」

一斉にオケメンバーたちが移動を開始する。交響曲では出番のない梨子が端に移動しようとすると、

「宮川」
「は、はい」

恵介に呼び止められて、思わず声が上擦る。

「練習終わったら話がある。だから終わった後もここに残ってろ」
「……わ、わかりました」

梨子は頷いて壁際の椅子に座った。

こんなはずじゃなかったのに。なんとか堪えたけれど、プレッシャーに押し潰されるのではないかと思った。そんな自分がソリストとしてステージに立てるのだろうか。

恵介の話とは一体何なのだろうか。苦言?叱責?ソリスト交代通告?いっそ潤にでも交代してしまえば楽になれるのではないか?そんなことばかり考えながら梨子は練習時間を過ごした。

* * *

「梨子ちゃーん?」
「……え?」
「あ、やっと反応したね」
「潤、先輩……」
「うん。練習もう終ってみんな帰っちゃったよ」
「えっ?!」

梨子がホール内を見渡すと、そこには自分と目の前にしゃがみ込む潤しかいなかった。

「後半、ずっと上の空だったねえ」
「ごめんなさい。練習中なのに」

梨子は俯いてスカートの裾をぎゅっと握った。

「まあ、ずっと集中してるなんて無理だから仕方ないよ。俺なんて一回待機中に良い感じになって寝ちゃって恵介に怒られたことあるもんね」

でも梨子ちゃんは起きてたから大丈夫だよ、といいながら笑う潤を見て梨子の表情が少しだけ和らいだ。





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