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新しい日々のはじまり
2 / 3 宮川邸を出発してから20分前後で車は停止した。 「坊ちゃま、お嬢様、到着いたしました」 神山が車のドアを開けて待っている。三人が車を降りると、もともと賑やかだった高等部玄関前広場は一層ざわめきを増した。 「それでは、私はこれで失礼いたします」 神山はこの状況をさして気にすることもなくお辞儀をして颯爽と去っていった。 三人がクラス発表のされている掲示板へ向かって広場を歩いていると、多くの視線が注がれているのを感じた。 それは憧れや羨望を含む好奇の視線。そして三人に対する様々な囁き。 「ウゼェ……」 「え、何?どうしたの隼ちゃん?」 いきなり不機嫌になった隼輔の呟きに梨子が反応した。 隼輔がウザイと言ったのは自分自身に対する視線や囁きではない。 一般的にイケメンに分類、それもランクが相当上のイケメンに分けられる双子は昔から注目の的だった。 そこに双子という希少価値も加わり、二人には隠れファンクラブ(実際はそこまで隠れていない)なるものが存在した。 それはもう気にしても仕方ないのでいつからか気にすることはなくなった。蒼輔も同様だろう。 ただ、梨子に注がれる視線だけはどうしても許せなかった。 誰がどう見ても可愛いと思うような梨子の容姿に対する視線とそれに付随する囁き。それが耳に入るたびに隼輔は気が気でなかった。 「なんでもないよ。梨子は気にしなくてもいいんだよ」 不安そうに隼輔の顔をのぞく梨子に蒼輔は優しく声をかけ、頭を撫でた。 「でも、隼ちゃんなんか変だよ?」 「別に、俺はいつもどおりだから気にすんなよ。な?」 「……うん」 隼輔にも頭を優しく撫でられ、梨子は渋々頷いた。 「あ、掲示板あったよ」 蒼輔は前方を指差した。玄関横に設置された掲示板前は、自分のクラスを知るために多くの生徒で賑わっていた。 「音楽科はあっちだから、ちょっと見てくるね」 梨子は音楽科だが、双子は普通科だった。 「一人で大丈夫?」 「大丈夫だよ。こんなとこで迷子になんかならないよ」 「いや、蒼輔が言ってんのはそうじゃなくて。そんなチマくて見えんのかってハナシで」 「見えますー!余裕で見えますー!」 そう言い放って梨子は怒りながら普通科の隣にある音楽科の掲示板へと行ってしまった。 小さな背中がさらに小さくなるのを見送って、蒼輔は掲示板へと視線を移した。 二人で自分たちの名前を探していると、蒼輔が隼輔に向かって呆れたように言った。 「隼輔さぁ、ちゃんと言ってあげればいいのに」 「あ?」 「一人にしたら誰かに変なことされないか心配だって」 「はぁ?!」 隼輔は勢い良く蒼輔の顔を見た。しかし蒼輔は隼輔を見ることはなく、「全く素直じゃないなぁ」と笑った。 「ちげーし!」 「そう?」 「そんなんじゃねぇから!」 「はいはい。わかったよ」 と言いながらも心の中で「本当は心配でたまらないくせに」と呟いた。 双子が言い合いをしている中、梨子は自分の名前を探そうと悪戦苦闘していた。 隼輔の言ったとおり、人の壁に阻まれて見えなかった。かといって人だかりの中に入っていく勇気もない。小柄な身長が憎い。 だがあれだけ威勢の良い啖呵を切ってしまった手前、二人に助けを求めるわけにもいかず、梨子は背伸びをしてみたりピョンピョン飛び跳ねて必死に名前を探した。 しばらく努力をしてみたが、 「どうあがいても見えない」 残念ながら努力は報われなかった。 仕方がないので諦めて双子を呼びに行こうかと思った時、背後から両肩に手が添えられ、 「梨子のクラスは1年A組だよ」 耳元で優しい声が聞こえた。それは聴きなれた、とてもよく知っている声だった。 「涼ちゃん?」 「正解」 梨子がゆっくり振り返るとそこには、一人の男子生徒が優しい笑顔で立っていた。 「涼ちゃん!どうしたの?」 「え?あぁ、入学式の準備ができたから、生徒会も案内のお手伝いをしていたんだよ」 櫻井涼(サクライ リョウ)は櫻井家の三男だ。英聖学院大学附属高校普通科三年。生徒会会長を務めている。 梨子と同じブレザーの右腕には『案内』と書かれた腕章。 双子が黒髪なのに対して涼の髪の毛は茶色だった。これは亡くなった母親と全く同じ色で、この色を受け継いだのは五人兄弟の中で唯一、涼だけだった。 双子の例にならって非常に整った顔立ち。だが双子より幾分か大人っぽい。セルフレームの黒縁眼鏡が知的な印象を強調していた。 「そっかぁ、涼ちゃんお疲れさま」 「ありがとう。梨子もお疲れさま」 「え、なんで?私さっき学校来たばっかりだよ?」 意味がわからず梨子が首をかしげていると涼は、 「本当はだいぶ前から梨子のこと見つけてたんだ」 と言いながら笑った。 「え、そうなの?!」 「すぐに声かけようとしたんだけど、どうも必死な様子だったから」 そうなのだ。涼は掲示板の前で格闘する梨子の姿をずっと静観していたのだ。 「なんでー?声かけてよ!」 「それが、梨子の必死な姿があまりにも可愛くて。しばらく見てようと思ったんだ。ごめんね」 「もう!涼ちゃんの意地悪!」 涼はプリプリ怒る梨子の頭を優しく撫でてもう一度、ごめんね、と謝罪した。 「……むぅ」 「ほら梨子。隼と蒼が来たよ」 涼が指差す方を見ると、隼輔と蒼輔がこちらへ向かっているのが見えた。 双子も梨子と一緒にいる涼の姿を見て驚いたような表情をして見せた。 「あれれ、涼ちゃんどうしたの?」 「案内のお手伝いだよ」 「梨子、クラスわかったか?」 「うん、A組だったよ」 梨子は自力で発見できずに涼に教えられたことはあえて伏せた。 「さて三人とも。そろそろ教室へ行かないと」 涼が腕時計を確認すると、もうすぐ予鈴が鳴る時間が迫っていた。 「じゃあ、またね涼ちゃん。ありがとね」 「ありがとうって、何が?」 「な、なんでもない!」 梨子は慌ててごまかした。あやうく隼輔にまた馬鹿にされるところだった。 涼と分かれて玄関へ向かおうと歩き出してすぐ、 「あ、梨子。ちょっとおいで」 涼に呼び止められた。おいでおいでと手招きをしている。 梨子は双子に一言告げて涼の元へ戻ってきた。 「どしたの?」 「梨子に言い忘れてたことがあったから」 「なーに?」 「入学おめでとう」 涼は自分より背の低い梨子に目線を合わせるように腰をかがめて微笑んだ。 「ありがとう!」 梨子も涼につられるように微笑んだ。 「制服、すっごい似合ってるよ。めちゃくちゃ可愛い」 「ほんと?えへへ、嬉しい!」 そして涼はふわっと梨子の頬を両手で包んで梨子と鼻先をくっつけて、 「このまま抱きしめて持って帰っちゃいたいぐらい可愛い」 いつもより糖度の高い甘い声で囁いた。 「りょ、涼ちゃん?!」 周囲のざわめきが大きくなった。ギャーッという悲鳴まで聞こえる。おそらくは涼のファンであろう。 成績優秀、文武両道、容姿端麗、と何拍子も揃った生徒会長様は女子生徒に大人気なのだ。それは梨子も中等部の頃からよく知っていた。 梨子は顔を真っ赤にしながら離れようとしたが両頬が涼の手の中にあるため、逃げられなかった。 |
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