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僕の永遠をあげよう
1 / 2 ピンポーン 「ん。誰か来たのかな」 自室でベッドに寝転がっていた梨子は、階下がやたら騒がしいことに気付いて読んでいた雑誌から顔を上げた。母親の声が聞こえたので、誰か近所の人でも来て世間話をしているのだろうと考えながら再び雑誌へと目を落とす。 コンコンッ しばらくしてから自室のドアをノックする音がしたので、梨子は雑誌を眺めたまま「どうぞー」と返事をした。 「ちわー」 そんな挨拶をしながら部屋に入ってきた人物の声に反応して、梨子は勢いよく後ろを振り返る。 「ユキ……」 「元気そうで何より、梨子」 そこに笑顔で立っていたのは数年ぶりに会う幼なじみの由紀也だった。いや、直接は会ってはいなくとも、その顔は毎日のように見ている。今やテレビの向こうで爽やかに笑顔を振り撒く朝霧由紀也の姿を見ない日はないのだから。 「え、何?!なんでいるの?」 「なんでって、たまには帰省くらいするだろ」 「だって、さっきテレビでトーク番組見たよ?!」 「あれは収録。今日と明日は休みもらえたから帰ってきた」 「そ、そうなんだ」 由紀也はベッドに座る梨子の隣に腰掛けた。 久し振りに見た由紀也はなんだか自分の知らない由紀也みたいで、梨子はなんだかドキドキしていた。 イケメンな若者たちが集まる某雑誌がきっかけで芸能界デビューをしてから一気にスターへとのし上がった由紀也は、今やあちこちに引っ張りだこの人気俳優だ。 まさかこんな田舎からスターが生まれるなんて誰も予想だにしていなかったため、デビュー当時は地元は大騒ぎだった。由紀也が連続ドラマの主演に決まった時に至っては、公民館で餅つき大会が行われたほど。 「梨子、変わってないね。安心した」 「ユキは……」 「ん?」 言いかけて黙ってしまった梨子に、由紀也は首を傾げる。由紀也と目が合い、梨子は恥ずかしそうにぱっと目をそらした。 「やっぱりなんでもない!」 「なにそれ。気になるじゃん」 「ほんとになんでもない!」 「なんでもなくない!言ってよ!気になるから!」 強く言う由紀也に梨子は目で反抗の意を訴えてみるも、 「そんな顔するんなら、俺にも考えがある」 「な、なに?」 梨子が恐る恐る尋ねると、由紀也は悪戯っ子のようにニヤッと笑った。それはテレビの向こうでは絶対に見せない、気心知れた身内にしか見せない顔。由紀也はじわじわと梨子との距離を詰めながら、 「脇腹」 「や、やめっ!」 「やめない。覚悟!」 「ちょ、あはははっ、ユ、ユキ!」 弱点である脇腹をくすぐられて梨子はあまりのくすぐったさに耐え切れずに笑い転げる。 「ひゃははははっ、ユ……キ、死ぬ!わ、笑い、死ぬっ!」 「じゃあ、さっき言いかけたこと言う?」 「言う!言うからっ!ひゃははっ、も、もう、やめ……」 くすぐり地獄からようやく解放された梨子は何度も深呼吸をして乱れた息を整える。その様子をじっと見ていた由紀也は急かすように、 「梨子、約束」 「……いや、その」 「もっかいくすぐろうか?」 「言うから!お願いだからそれだけはやめて!」 再びくすぐりにかかろうとした由紀也に、梨子はついに観念した。 「その、ね」 「うん」 「あの……ね」 「うん」 「だからね……」 「うん」 「…………」 「…………」 そして訪れる沈黙。梨子は自分の膝を見つめたまま黙り込んでしまった。一向に話し出そうとしない梨子に、 「梨子!どんだけ焦らしたいんだよ?!」 「つ、続きはCMの後で!」 「どこのテレビ番組だよ!」 あまりにはっきりしない梨子に由紀也は突っ込みを入れた後に盛大なため息を吐いた。 「そんなに言いにくいこと?」 「いやあ、そうじゃないんだけど。……えっとね」 「うん。なに?」 「……キが、……なって」 「え?ごめん聞こえなかった」 モゴモゴと口ごもる梨子の口元に由紀也は耳を寄せた。すると梨子は再び小さな声で、 「ユ、ユキがね、なんだか痩せたなって……」 「へ?」 「さっきもテレビ見て思ったけど、実物見てやっぱりって思った」 「そ、それだけ?」 由紀也は期待していたような内容ではなかったことに拍子抜けしてしまった。梨子があそこまで言いにくそうにしていたのだから、相当重要な内容なのかと思えば、蓋を開けてみればなんとも日常会話レベルの内容だった。 「何か不満?」 「だって、梨子があんなに焦らすから俺てっきり……」 「てっきり?」 「てっきり俺、梨子に告白されんじゃないかと思った!」 由紀也の言葉に梨子はポカンと口を開けて驚いている。そして、軽く頬を染めながら、 「ば、馬鹿!なんであたしがユキに告白なんかしなきゃいけないの?!」 「そりゃ期待するよ、あんなに恥ずかしそうにモジモジされたら!」 「だって……だ、だいたいユキはもう皆の朝霧由紀也なんだから、あたしに告白されたってどうしようもないじゃない?!」 若い女の子たちのアイドル的存在である朝霧由紀也はファン皆のものであり、独り占めなんて許されないのだ。 「はぁ?誰がそんなこと決めたんだよ。俺は俺で、誰のものでもないよ」 強く言い放つ由紀也に驚いて、梨子はビクッと肩を震わせた。それに気付いた由紀也はバツが悪そうに、 「ごめん。怖がらせるつもりじゃなかったんだ。ただ、梨子にだけは昔みたいに普通の朝霧由紀也として接して欲しくて……」 「う、うん。あたしもなんかごめん」 「いや、今のは俺が悪かった」 「いやいや、私が最初に言ったし……」 気まずい沈黙。久し振りに幼なじみに会えたというのにこんな空気のままではいけないと思った梨子は話題を変えようとした。
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