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(C)Yuuki nanase 2010 - 2013



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10000hit記念祭 1/2
 




『もー!早く続きが読みたい!』

『いま理沙子が読んだ最新作がこの前発売されたばっかりだから、しばらくは出ないよ』

『わかってるけどー』


あぁ。また思い出してしまった。

今日、理沙子が好きだった作家の最新刊が発売された。正確にはこの作家は俺が元々好きだったんだけど。


『ねぇ、玲(レイ)くんってば何読んでるの?』

『この前出たばっかりの新刊』

『面白い?』

『すごい面白い。理沙子も読む?』

『このジャンルは余り興味ないんだけどなぁ』


とかなんとか言いつつ読み始めたら一巻から最新作まで一気に読破しちゃって。それで冒頭の台詞に至る。

俺が今いる書店の新刊コーナーに立てられているポップには「三年ぶりの新刊ついに本日発売」と書かれている。三年ぶりか。三年前には隣にいた理沙子は、もう隣にはいない。

平積みされている本を一冊手に取る。何気なしに裏表紙を眺めていると、高校生ぐらいの男が横にやってきて、俺の今手にしている本と同じものを手に取った。こんな若い子も読むんだ。まぁ理沙子も読んだし……ってもう理沙子のことは考えないようにしよう。忘れなきゃいけないんだから。俺は本を山の上に置いてその場を立ち去った。


* * *


「っかー!エラー消えねぇ!」

「どれ?」


俺は職場の隣のデスクの同僚がテンパりだしたのを見て、椅子を隣に寄せた。


「“Sintax error”……ただの構文ミスじゃん。182行目だって」

「さっきからずっと見てるけどなんも解決しねぇの」


俺は同僚と画面を食いつくように凝視して構文ミスの箇所を探した。あーでもないこうでもないと言いながら。

三十分ぐらい経っても問題を見つけられなかった俺たちだったが、同僚のデスクの隣、俺と反対側に座っていた入社一年目の新人の、


「これ、スラッシュ抜けてますよ」


という一言であっさり解決。


「ちょ、こんな簡単なミスなんでおれら見つけらんないわけ?!」


同僚は頭をガシガシ掻きむしった。納期前にこの時間のロスは痛い。さらに、


「エディターのタグ閉じチェック機能使えば一発だったんですけどね」


新人のトドメの一撃。


「玲。俺、心折れそう……」

「頼むから、心が折れるのは来週サーバーを送り出してからにしてくれ」


今は納期前で仕事は無茶苦茶忙しい。だけど忙しいのは嫌いじゃない。何故なら、仕事に没頭してる間は理沙子のことを忘れられるから。

時間に追われながら仕事をこなして、オフィスを出た時には既に九時を回っていた。けれど、納期前にしちゃ早い方だ。普段は日付が変わるまで仕事なんでザラだから。

ビルから出ると当たり前だけど外はもう真っ暗で、だけどなんとなく帰りたい気分でもなかったから、途中でコーヒーショップに寄った。


「いらっしゃいませ、こんばんわ!」


店内では何人かの客がレジ前に並んでいる。きっとみんな俺みたいに帰宅前に一服しようと考えたのだろうとか思いながら、俺は鞄から自前のタンブラーを取り出した。


「メニューをご覧になってお待ち下さい」

「あ、ども」


店員から渡されたメニューを眺めていると、


「タンブラー、ご自分でカスタマイズされたんですか?」


店員に声をかけられた。あ、俺のタンブラーのデサインのことね。


「えーっと、これは友人に作ってもらったもので」

「そうなんですか。とても素敵ですね」

「ありがとうございます」


俺は笑顔で答えたが、実は内心穏やかではなかった。さっきは友人と答えたが、実はこのイラストを作成してくれたのは元彼女の理沙子だ。

理沙子のことを忘れなきゃいけないとか言いつつ、こんなものを大事にとっておくなんてまだまだ理沙子に未練がある証拠。

カプチーノのトールサイズをテイクアウトして店を出た。それを飲みながら、家まで歩いて二十分ぐらいの道のりを歩く。

なんだか最近、理沙子のことを思い出すような出来事によく遭遇する。本のこととかタンブラーのこととか。

別れようって行ったのは俺の方なのに、今でも未練タラタラなんてどうかと思うけれど。

そもそも俺は理沙子が嫌いになったから別れを切り出したわけじゃない。理沙子が好きだから、理沙子には幸せになってほしくて別れたんだ。きっと理沙子には俺以上に理沙子を大切にしてくれるやつが現れる。そう信じて。

なのに俺はいつまでも理沙子への思いを断ち切れずにいる。しかも想いはさらに大きくなるばかりで。





 
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