2−2
イケメン、三十路手前、金髪、優しい笑み、なれた女の扱い、アルバイター。
愛菜はひとしきり自分の知っている彼のことを脳内でことばとして並べた。
ないな。
彼をすきになって良いかの答えはそれだった。すきになったひとがすき、すきなんだから仕方がない。そんなことを容易に言える年齢でないことは、彼女も察していた。さらにそれが原因で残念な結果に今までなっていたのだ。いやでも普通を選んでしまうのだった。
とはいえ、気があるのだろうか、という段階までしかいっていないのだからそこまで先回り考える必要はない。からだの関係を持ったのもただ少し夢を見たかったからである。
それでも入念に化粧をするあたり、やはり気があるのはたしかだった。
せめて彼が普通の見た目で、普通に働いていたとしたら。
しかし彼女はそこでその考えをやめた。そんな一般人など、彼にならないとわかったからだ。それならばせめて、このままお友だちのままいるほうが楽で楽しいと整理できたからだ。
彼女はコタツの電源を切り、鞄を手に立ち上がった。姿見の前で自分の容姿を確認してから家を出た。
安室とは駅で待ち合わせだった。事前に話は進めておらず、とにかく駅と時間だけ指定されていた。
メールを一本出すとすぐに電話がかかってきた。あまりのはやさに戸惑いながら、愛菜は携帯電話を耳に押し当てる。
「もしもし」
「愛菜さん、おはようございます。電話のほうがわかりやすいかと思いまして」
「ありがとうございます」
「実はもうぼくは見つけてしまいまして」
「だったら教えてくださいよ」
「ぼくがいるか気にしているあなたを見かけたものですから」
口説き文句の返答に困りつつも、結局彼女はただ苦笑しただけだった。
「どこにいらっしゃいますか」
「駅のロータリーに白いスポーツカーがとまってませんか?」
愛菜は振り返って見回した。白のスポーツカーはすぐに見つかった。太陽の光がそれをよりいっそう輝かせている。
いまだに重い足を前に持っていく。待たせてはならないと少し軽快になってきたときだった。
「白い、RX-7……」
RX-7なんて特別珍しいものじゃあない。ナンバープレートの『新宿』という地名。彼女の知る世界には、『新宿』プレートは存在しない。
彼女の顔が一瞬、固まった。見覚えのある車種、存在しないはずのナンバープレート、金髪の彼。
違和感がありながらも気にしないふりをして車に近づいた。しかしそんな様子の彼女を彼が放っておくわけがなく、車に乗り込むと安室は口を開いた。
「大丈夫ですか?」
物腰のやわらかそうな声、昔から聞いたことがあるその音は国民的にも有名で、だからこそ彼女も知っていた。
「アムロ、」
レイ。
そう言いかけて彼女は咄嗟に声を殺した。
「安室さん、きょうはよろしくお願いします」
言い直してみたが、やはり彼はなにかを疑ったような顔をしていた。
「どうかされたんですか?」
「そんなことないですよ、知り合いに似たひとがいたので」
得意の笑顔を貼り付けながら笑えば、また一層不可思議な顔をされる。そこまできてやっと「そうですか」と彼は目を逸らして正面を向いた。
車は走り出した。どこにいくのか、彼女はなにも知らない。
見知った街並みを眺めながら、彼女はこの世界のことを思い出していた。普通に仕事をして暮らすようになったが、ここは彼女にとっては現実でないようなものなのだ。
彼女は思い出してしまったのだ。この車に新宿のナンバープレート。車好きがここにきて信じたくない真実の引鉄を引いたのである。
国民的に有名なアニメキャラクターの独特な声。友人に連れられて見たこの世界の映画。
ここにも悪魔がひとり。けれど彼はそれに気づきもしないのである。
降谷零。彼の正体を彼女は知っている。