50万打フリリク企画 | ナノ


▼ 02

いろんな人に頭を下げて、少しだけ休みをもらうことにした。幸いなことに蓄えだけは豊富にあったので、当面の間生活に困ることはない。

とにかくタマに会いたかった。会って、タマに伝えたかった。俺がどんなにタマを愛しているかを。どんなに傍にいてほしいと思っているかを。

タマがいなくなってしまった今、他に怖いことなんて何一つなかった。俺はもう、タマに足を踏み入れるのを躊躇わない。

タマの通っていた高校を訪ねると、親戚の法事で一週間ほど休むという連絡が本人からあった、と彼の担任が言う。十中八九嘘だろうけれど、学校を休むためにきちんと理由をもって連絡をするあたり、タマらしいなと思った。

本人と話したいということを伝えたが、どうやらタマは携帯電話を持っておらず、自宅の電話は現在繋がらないようだった。住所を教えてもらおうとしたが、個人情報に厳しい昨今の教育現場では、怪しい男に易々と生徒のことを漏らしてはならないのだろう。結局叶わなかった。

「あの、チュータさんですか」

どうしたものか、と職員室を後にする俺に、二人の男子生徒が話しかけてきた。

「そうだけど…」

どうして俺の本名を。

一端の物書きであるとはいえ、俺は世間で言うところの「有名人」とは程遠い存在だ。しかも俺はペンネームで活動をしている。にもかかわらず彼らがそのペンネームではなく、「忠太」と本名を呼んだということは、つまり。

「環から、貴方の話を聞いたことがあります」

タマが、俺の話を。

自分が置かれた状況を忘れ、一瞬心が弾んだ。

今まで踏み入ることのできなかったタマの日常に、俺の姿があったことが嬉しかった。

「俺たち、環と同じクラスなんです。俺が中西で、こっちが北原」
「中西くんと北原くん」

中西くんは中肉中背の茶髪、北原くんは背が高い黒髪の少年だった。人の名前を覚えるのは得意だ。

「環のこと、聞きに来たんですよね?」

俺は頷いた。二人の真剣な表情を見る限り、タマに関する何か糸口のようなものを掴めるかもしれないと思った。何でもいい。たった今、職員室で大した情報を得ることができなかった俺にとって彼らの存在はまさに棚から牡丹餅、勿怪の幸いである。

「環本人から聞いたわけじゃないんですけど…俺たち、環が今どこにいるかは大体見当がついてます」

俺は二人の話を聞くことにした。

「環には、歳の離れた弟がいます」
「きっと環はその弟に会いに行ったんです」

タマの弟。

会いに行ったという言葉からすると、その弟はどこか遠く、少なくともこの町には住んでいないということになる。

「環、きっと戻ってこないつもりなんだ」

――二人の話を聞いて、ようやくタマの、というよりはタマの周りの環境のことが見えてきた。

タマと彼の弟は、もともと家族でこの土地で暮らしていた。だがある日、突然両親が離婚することとなった。理由は父親の事業失敗だった。当然ながら、三人の子どもは母親側に引き取られることになる。

母親と、タマと、弟。三人で新たな生活を始めたのはいいが、何せ弟はとても身体が弱く、何度も入退院を繰り返していた。そして母は良い意味でも悪い意味でも世間知らずだった。治らない弟の病気とかさむ治療費。いつの間にか、母はよくわからない新興宗教に縋るようになっていたという。

「見かねた環のおじいさんとおばあさんが、田舎に三人を呼び戻そうとしたんです。このままじゃ駄目だ。環境を変えた方がいいって」
「でもお母さんはもうすでにおかしくなってて、弟の方しか見えてなくて、環には一切興味を示さなくなってて」
「おじいさんとおばあさんはもちろん環ごと引き取ろうとしたんですが、環はそれを断りました」
「俺は大丈夫だから、母さんと弟をよろしくって。学校もちゃんと卒業したいし、いざとなれば父親を頼るからって」
「環は言ってました。俺は逃げたんだよって。二人といたくなかっただけなんだって。俺のいない世界しか見てない母さんとなんて、一緒にいられないって」
「環は生きていくのに必死でした。家賃も、生活費も、全部一人でやりくりしてました。時々学校を休んで日雇いのアルバイトをしたり、暇を見つけては働いてました」
「ひ弱なくせに時給がいいからって肉体労働ばっかり選ぶんです」

ちょっと待った、と俺は彼らの話を遮った。

「…タマ…環には、父親がいるんじゃなかったのか?」
「環の父親はもうこの世にはいません。事業の失敗を理由に自殺しました。…このことは、環のおじいさんとおばあさんは知りません。知る必要のないことだって、環は言ってました。もう父さんと母さんは離婚したんだからって」

俺はぐっと息を飲み込んだ。

途切れることのない生傷の理由がようやくわかった。肉体労働…土方や運送業だろうか。どちらも到底タマに務まるとは思えない仕事だ。

何度も月明りの下で見た白い肌。そこに刻まれた痛々しい痕は、タマが必死に生きようとしていた証だったのだ。

「…つい先日、環のおばあさんが倒れたって、連絡があったらしくて」

北原くんがぽつりと静かな声で言った。中西くんもそれに続いて口を開く。

「環はこれ以上祖父母に迷惑はかけられない、自分も彼らの手助けをしなければならないと思ったんでしょう」

――あの頼りない身体に、一体どれだけの重圧を背負って、あの子は。

それなら、言ってくれれば良かったのに。家を出る前に一言声をかけてくれれば、俺だって何かタマのためにできることがあったかもしれないのに。

「…」

何かって、何だ。

俺はタマに何をしてあげられる?タマは俺なんか必要としていないんじゃないか?

――それでも、俺は。

「…わかった。事情はわかった。ありがとう。俺が君たちに聞きたいのは、一つだけだ」

タマは今、どこにいる?

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