そこにあるもの | ナノ
最低なぬくもりですが、


 沖田に、ああ云ったものの、不安はますばかりだった。昔のようには高杉の行動も予測できない。勿論、それは名前についても同じことが言えた。お互い、此れ以上傷ついて欲しくないと思う一方、和解してほしいという気持ちも捨て切れるわけもない。沖田の介入は、嬉しくもあり、苛立ちや不安もあった。
 こんなことで悩むなど、らしくもないと感じながらエリザベスを見た。

「心配するな」

『…名前さんに会いに行ってみては?』

「いや、」

『   』

 思わずエリザベスも黙ってしまったほど。俺の表情は、そんなに厳しいものなのだろうか。心配するな、という方が心配させている原因なのかもしれない。
 名前のことを見つけてからずっと、彼女に直接会う事は避けてきた。それは攘夷志士という立場上、自分が名前の過去を蘇らせるきっかけになってしまうのが怖かったからだ。忍びであり、ともに攘夷戦争を戦い抜いた仲間であるからこそ、今の名前の笑顔も幸せも壊したくはない。

「沖田と恋仲ならば、俺も安心なんだがな」

悔しいが、それならば名前は守られる。土方や他の隊士も名前の存在は知っているし、沖田の実力は確かであるからこそ新撰組での発言力も大きい。一般市民と同じように名前を守るなら不安だが、そうでないなら新撰組ならば、もし高杉と名前が遭遇したところで屯所での名前の隔離も可能であるし、会話や接触は避けられるはず。何より、新しい恋へと進んでいる名前を高杉が追わない可能性もある。

『桂さん…』

「分かっている、沖田は名前を通して別の人間を見ている」

 それが歯がゆかった。話をした時に心配していたのは、そのことであった。本人も薄々、そんな自分に気付いているようだ。俺が思っていたよりも、沖田も幾分か大人だったようだ。それが余計にどうしようもなく、悔しい。
 銀時も名前に接するときは、細心の注意を払っている。それでも、過去の影を追っている事を隠し切れていない銀時も知っていて、だが、そんな銀時の想いを止めるすべもない。俺は気負いすぎなのだろうか。
 あの頃から何も変わっていない。俺は相変わらず心配性なのだ。変わってしまったのは、立場だけだと信じたいのに、それは違う、いや…自問自答が繰り返される。願望と霞んでいく真実とが、互いに絡み合い、俺を悩ませる。

『名前さんに会いましょう』

「エリザベス…」

『立ち止まるなんて、桂さんらしくないですよ』

 名前に会う、名前を見つけてから数年間。ずっと耐えてきた行動だった。エリザベスも敢えて口にもしなかった一言だった。
そのエリザベスの気遣いにも申し訳なく感じた。

「…そうだな、会おう」

 後押しされ、俺はエリザベスとともに、名前に会う事にした。沖田には知られない方が良いだろう。会うのは、一回だけにとどめ、様子見してから、まずい状況や万が一の時にだけ会おうと思った。…たった、一度。そのつもりだった。

『すいません』

「はい?」

 まずはエリザベスが名前に話しかけて、きっかけを作ってくれた。エリザベスは適当に話を会わせながら、名前を誘導してくれた。俺は良くTVや新聞でも取り上げられてしまうから、名前も当然、顔は知っていた。攘夷志士でもある俺に対し、最初は警戒しているようだったが、エリザベスのおかげで何とか話をすることができた。銀時の話や沖田の話、彼女の身近な話をすることで雰囲気も和らぎ、途中からは自然と話せるようになった。

「私、記憶がないんですよ。だから、余計に色んなことに身構えちゃって…」

 話を進めていく中で、彼女はそう呟いた。

「致し方あるまい。記憶があっても、迷うものだ。今も、日本の夜明けを待ちながら、細かいことで迷ってばかりだ」

「桂さんが、ですか?」

「ああ」

「意外です。銀さんとかより、全然しっかりしてるのに」

「昔から、ここぞと云う時にしか踏ん張らない奴だからな」

「総悟もそうかも」

「確かにな」

 敵だとか、攘夷だとか、天人だとか…。そういう偏見自体は、彼女の中には無いらしい。共生を夢見る姿勢は、今と昔で変わったところかもしれない。攘夷戦争中の、彼女の気持ちの根本を知らない俺としては何とも言えない。

「…沖田が、好きか?」

「え」

「いらん質問だったな、忘れてくれ」

 何を聞いているんだ。深入りしすぎだと、気付くよりも先に言葉が出た。我ながら情けない。

「…考えたこともなかったかも」

「そうか」

「あの、」

「なんだ」

「桂さんは、名前さんについて知ってるんですか?」

 敢えて、避けていた話題。名前本人から聞かれるとは思ってもみなかった。記憶を少しでも取り戻したのだろうか…。だとしたら、高杉は?沖田に対してどう思っているのか?今の生活が幸せなのか?あの時、何を思っていたのか?どうして、急に姿をくらましたのか?聞きたいことが溢れてくる。
 俺は、名前の問いに答えるべきか、否か…。

「……」

「あ、いや。銀さんが似てるって云ってて、桂さんは知ってるのかなって」

「知っていたら、どうだと云うんだ」

「名前さんについて、知りたいと思って…。何となく、銀さんとかには聞きづらくて」

「そうか」

「知らない、みたいですね」

「……」

「すいません」

「…知っている、俺も攘夷戦争に参加していたからな。ともに」

「そうですか」

「ああ」

「そして、彼女は生きている」

「…っ」

「そう信じている」

「…え?」

「戦争中にな、行方知れずになったのだ。だから、亡くなったと考える人間が多くてな」

「そう、だったんですか」

 偽名が名前だという確信はあれど、100%とは云い切れない。だからこそ、真実しか告げないと決め込んでいた。

「名前さんって、どんな人でしたか?」

「そうだな…、淡々としていた。腕も立つ分、一目置かれた存在でもあったな」

 そうして、思い出話をした。名前は熱心に聞いていた。記憶は、全く思い出せておらず、不安だという話も聞いた。今の状態ならば、高杉とは会わずにすごし、何も思い出さない方が幸せであることは明白だった。名前の中に、自分が偽名ではなく、本当は名前ではないかという不安もあることも知った。

「偽名が名前か否か、大事なことはそれではない。己の幸せや生き方、そうした夜明けに目を向けていきるといい」

「うん、ありがとう」

「銀時たちも心配するだろうから、俺と会ったことは話さないでくれ」
「あ、はい」

「名前と話しているようで懐かしいところもあったが、俺が知っている名前とは違うところも確かにある」

「そうですか」

少しだけ、ほっとしたような名前の横顔。それは、あの頃より少しだけ大人びた名前の顔。だが、もう今後はやはり名前が自分自身を思い出さない限り、名前には偽名として接し続けることが望ましいと確信した。

「あの、」

「なんだ」

「何か、あったとき、相談に乗ってもらっても?」

「銀時や沖田に話せない時は、構わない」

「ありがとうございます」

「気にするな」

「じゃあ、」

 頷いて、別れた。彼女が去っていくのを静かに見送る。

『桂さん…』

「なんだ」

『泣いてます…』

 らしくもない。涙が、一筋頬を伝っていた。
 今さら気付かされた。触れることすら叶わなかった、名前。話しをしていく中で蘇ったのは、懐かしさと愛しさ。それは仲間故だと思っていた。しかし、少し違っていたらしい。だから、銀時のように割り切って接すことも出来ずに、今やっと名前と向き会えたのだ。

…そう、俺は名前が好きだった。

高杉と一緒になった、と知った時も気付かずにいた想いを、今知った。悔しさよりも呆れる気持ちの方が強かった。

…最低だ。

俺が一番、自分が見えていなかったというのに。


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