生きる喜びも知らぬまま 死ぬ、ということを恐れたことは無かった。忍びとして生きるとは、そういうことだ。知らなければ、今また迷うことも無く、死んでいたのだろう。生への執着がなければ、攘夷戦争で死んでいた事を確信する。生きると云うこと、人間で在るということについて、最近良く考えるのは、偽名としての時間もあったせいか。 「少し見ない間に、顔つき変わったな」 「銀時」 「まったく、相変わらず世話のかかる奴だ」 「小太郎…」 旧友、と呼ぶべき人たち。変わり続けている時代、記憶をなくしてからも陰ながら支えてくれた。二人そろって、街合わせたかのようにはち合わせる。 「高杉に、会ったのか」 「分かる?」 「まあ、名前がそういう顔をしている時は、アイツにあった後だからな」 「どんな顔それ」 「ヅラはいちいちうるせェんだよ。ストーカーだぞ」 「いや、俺は名前を心配してだな」 「それが気持ち悪ぃんだよ、昔から」 「何を言う、不器用なアイツが悪い」 記憶を取り戻した、と知ったからか。晋助が動き出したことを知ってからか。どちらにせよ、名前として私を歓迎してくれる二人の存在を頼もしく感じる。思わず、笑みがこぼれた。 「まあ、良く笑うようになったよな、ほんと」 銀時が、そう言って安心そうに笑った。 「そうね、最初に私にそれを教えたのは晋助だったのにね」 今、笑う、という言葉は彼に似合わない。狂気に染まった笑みは、笑うというより『微笑う』という言葉が似合う。かつての面影は薄い。 「思い出して、引きずり出しているのか?」 記憶を。 そう言う桂の心配してくる視線が、痛い。今さら、と思うには遅い。記憶をなくしていた時間も惜しい。 「大丈夫よ」 自分にも言い聞かせるように言った。 「まあ、お前が大丈夫って時は無理してる時だけど」 「そう?」 「銀時よりはマシだと思うがな」 「だからおま…。余計だっつーの」 「…」 もう戻れない。失った時間の大きさを思い知る。 「大丈夫」 晋助が私にしてくれたように、私もやりたいようにやるだけ。何かに左右されたり、自分の意思を曲げることは何より嫌い。それは今も変わらない。記憶が曖昧なままでも、彼が私を私であると分かったのは、そんな晋助の思いを汲んだ行動であったから。迷っても、自分で在り続ける。そんな教えは、自分の生きたいように生きればいいと云う吉田先生のもの。晋助からの言葉は、記憶をなくしてもなお、私の生を巡っていたのだ。 「で、どーすんだよ」 「高杉を止めるにしても、」 「斬る」 言った時、胸がはねた。銀時も小太郎もびっくりしていた。私にも情はある。けれど、斬りに行くぐらいのつもりでなければ、晋助は止められない。そんなこと、嫌なぐらい分かっていた。自分の言葉だけでは伝わらない想いは、空白の時間に似ている。 「お前はそれで良いのか」 「うん、」 「俺は止めん」 晋助の傍にいたい、という気持ちがないわけではない。でも、全てを投げ捨てて晋助についていく勇気もないのだ。見ず知らずの私を育ててくれた田舎村の皆のことも気にかかる。 「質問を変えるか」 銀時は、心配そうな表情を浮かべている。何か、気がかりな事があるのだろう。彼は優しい。核心をついた質問をするのが、苦手なのは昔からだ。 「まだ、高杉が好きか?」 「…うん」 「名前、お前、奴をまだ、」 小太郎も複雑そうな表情だった。 「この世界には、他にも護りたいものが、」 たくさん、ある。言葉に、ならないほどの想いが溢れている。 そんな時に、思いつくのはやっぱり、あの人の面影。 忍びをしていただけ、そんな時には感じなかった。 愛おしい、哀しい、切ない、苦しい、嬉しい…、人間たらしめる様々な感情の渦に、私は幾度となく溺れた。今もそう。もう、何も知らずに、笑うこと無く生きていたあの頃とは違う。 攘夷戦争の頃から芽生えていた、人間たらしめる感情の息吹。その答えを今、求められているのかもしれない。いや、答えなんていう明確なものでもない、もっと、人間らしくて曖昧で、けれど、美しいもの。 「まあ、名前の中で覚悟決まってんならいいけど」 「そうだな、」 「沖田くんでも、高杉でも、俺ら、名前の戦友に変わりねえから」 銀時の言葉が暖かい。 大切なものが増えていく、その中でも、再び愛を知った。 記憶を失っても、取り戻しても、追いかけていたもの。 私は、彼を愛し続けたいのだ、きっと。。。 そのためにも、私は強く在り続けたい。人間として。 ”例え、この想い、届かずに潰えようとも” back |