“おふくろが煩いんでよかったら晩飯食べに来やせんか?” 朝一番の久しぶりのメールは総悟からだった。 『ふーん。いいじゃん、行ってくれば?俺のことは気にすんなよ』 と、薬を飲んで回復した先生がそう言うので久しぶりに総悟の家に行くことにした。 総悟の家に行くなんて中学生以来。沖田家は賑やかで楽しくて、よく晩御飯をご馳走になっていた。その分、一人になると寂しすぎてもう行くものかと泣いたことも今は遠い昔。 「昨日ぶりだね総悟」 先生は総悟に私とのことを何処まで話したのかは教えてくれなかった。男同士の秘密だなんて、よく言うよ。 「入ってくだせぇ」 玄関の向こうからパタパタと音がして、ひょいっと総悟の横から出てきたのは総悟のお母さん。変わっていない。 「あらあら、名前ちゃん!来てくれたのね」 「ご無沙汰しています、おばさん。今日は久しぶりにお呼ばれにきちゃいました」 「何言ってるの、水臭いわねぇ。ほら入って入って」 「お邪魔します」 出来上がるまで時間が掛かるからと、私は総悟に部屋に上がってと言われたのでその通りにする。階段を上がって左に位置する総悟の部屋の中は、……流石に昔遊んでいたときとは違った。 「写真がいっぱい」 コルクボードやワイヤーに挟まれ、吊るされた写真を見ながら、1年からのZ組を見る。妙ちゃんによって近藤君が吹き飛んでるものや、文化祭で新八君と神楽ちゃんと先生がバンドを組んでいるもの、土方君が球技大会で活躍してるものもあった。 「総悟らしい」 総悟は総悟なりに高校生活を楽しんでいたんだな。じゃなきゃこんな風に写真を飾ったりしない。 「……先生」 そのうちの一枚の先生だけが映っている写真を見る。ちょっとだけ若い。教科書の裏に隠されてるジャンプ。ほんとに変わらない人だ。 「お待たせしやした。お茶……」 「あ、ありがと。写真すごいね」 トレイを持って総悟が部屋に入ってきたのでベッドに座ってグラスを受け取った。 「まぁ見てたら面白いっていうか」 「Z組だから余計にだよね。……私も1年からZ組に居たかったな」 「……アンタは独りでしたね」 ひやりと汗が流れた。そうだ、私は高校に入ってからは独りだった。所謂、一匹狼。つるんだりするのが面倒で家のことと勉強することしか考えていなかったから余計に。元々あのクラスは特進クラスに近いもので勉強する空気しかなかった。 いじめ……まではなかったけれど、きっと見下されていたのだろう。かくいう私も見下していたけれど。 「それはそれでつまらなくはなかったよ、あの時はね。今考えれば……つまんない」 「……アンタが笑うようになったのは坂田のお陰ですかい?」 「……そうだね、人生が楽しいと心から思える」 夕陽が射してきて、総悟を照らす。眩しくて表情が読み取れないけれど、次に発した総悟の声は柔らかなそれだった。 「幸せならそれでいいんでさ、名前が幸せ、なら」 「……ありがとう、総悟。総悟が幼なじみで居てくれてよかった」 グラスの中のお茶を飲んで隣に座った総悟の肩に頭を乗せたまま、静かで穏やかな時間が流れた。……段々と良い匂いが漂ってきた。 「ご飯出来たかな?」 「たぶん」 昔に比べれば、騒がしいという程ではなかった夕食時。此処でも穏やかな時間を過ごすことができた。総悟のお父さんとお母さんも変わらず親切で、暖かさに涙しそうになった。 『第2の家族と思ってくれていいからね』 この人達はどれだけ素敵な人なんだろう。もしかしたらこれが愛情というもので、私はその愛情とやらに触れているのかもしれない。改めて気付いた。私は独りで頑張りすぎたんだと。 「送っていきやす。坂田の家で良いんすよね」 「えっ、うん。……!なっなんで知ってるの?!」 「話は聞きやした。名前が坂田の家に住んでること、坂田と出来てい「うそっ?!誰から!」……坂田からでさぁ」 ……先生、軽くじゃない。全部話したよ、それ。頭が痛くなってきた私を総悟はふっと笑う。 「色々、あったのは知ってまさぁ、どうやらアンタの幼なじみということで坂田が教えてくれたんすよ」 「……そ、うなんだ」 「気にしやんでくだせぇ、口外はしませんから」 気まずい空気、だった。 でも総悟とこんなに話すのも久方ぶり過ぎて、話に花を咲かせながら私は帰路に着いた。 101207 |