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ぐっと手首を返して、喉に理性回復剤を流し込む。お世辞にも美味しいとは言えないそれは、喉を焼くような熱さを伴って、冴え渡る頭脳を連れてくる。
「うぁ……」
欠伸とも呻きともとれぬ声をあげると、本日の秘書のシルバーアッシュのふかふかの尾がぱたりと動いた。視線が、タブレットにかじり付いている私のつむじに突き刺さる。そろそろ何か小言でも言われるかもしれない。

雪境出身の彼はなんとも無い顔をしているが、今日は特に冷え込んでいるはずだ。ロドス内ではフェイスガードを取っているから余計に寒い。皮と骨しかないひょろひょろの身体はすぐに芯まで冷えてしまった。
冴えた頭が余計な感覚までもを思い出させてくれたようだ。寒さに身体を揺らしながら端末の情報を睨みつける。

今回の作戦も中々過酷な状況だ。予想される敵の戦術を何通りもピックアップして、過去の戦闘から関連情報を抜き出す。同時にその敵に対処する最善の策を探し、ピースをはめていく。それぞれの対処の妥協点を見つけ、選び抜いた手数で追い詰める。この、難解なパズルを解くような楽しさを、脳が求めている。戦争を行う為だけに存在するような己の頭脳は、果たして彼女の目指す未来に必要なのか。漠然と浮かぶ疑問は、まだ誰にもぶつけられていない。

「……盟友」
かけられた声に顔をあげると、シルバーアッシュが不服そうな顔で尾でぱたりと皮張りのソファを叩いた。それに座っている190センチの美形の圧は素晴らしいものがある。
フル回転の頭は休む事を許さない。戦術シュミレーションをする頭の片隅で返事をすると、くっと彼の形のいい眉毛が寄った気がした。
「私は何度も声をかけた」
ふわふわとした耳をぴんと立てられながら、休めと言外に訴えられかけて言葉に詰まる。
「あとちょっと待ってくれ」

何か、最後の1ピースを掴んだ気がした。どこか違和感のあるシュミレーション結果を睨む。タイミングか、配置か、それとも人員か。いや違う、何かがズレている。落ち着いて脳内に描いた戦場全体を見渡す。コレが解けない筈がない。ロドスの指揮官に解けなくていい筈もない。己の唯一の存在意義すら自ら掴み取れなくて、差し伸べられる手など掴めるはずもないだろうに。

__見えた。

光が差すようにパズルが埋まった。美しいほどに瞬きの時間も無駄にしない、最高効率の戦術指揮。傑作ともいえる芸術に普段動かない口角が上がった。天才的と言われる頭脳は衰えを知らない。悪魔とも武神とも言われるこの底知れぬ才に、魅入られた己はもう抜け出せない。

「見てくれ、シルバーアッシュ!美しいだろう!」
回復剤の副作用と素晴らしい達成感に勢いよく顔を上げて秘書を見ると、顔面10センチを切る近さに顔があって思わず机を蹴り飛ばして距離をとった。反動でキャスターの付いた椅子がカラカラと音を立てて机との距離を取る。鼻先を掠めた彼に染み付いた冬の匂いが、やけに脳に焼き付くようだった。動揺を隠すためになんだよと軽く睨みつけると、余裕ある表情で、ふ、と笑われた。

「近くないか」
「__あぁ、盟友のとる指揮は美しい……今も昔も変わらずに」
完全に抗議の声を無視してタブレットを覗き込んだシルバーアッシュにぽつりと落とされた一言は、体を固まらせるのに十分過ぎる威力を持っていた。
彼は多くを語らない。ロドスCEOに対しても、ドクターに対してもそれは変わらなかった。真意の見えない言動に振り回されているのは不本意だが、その理由の知らない友愛を甘んじて受け入れて居たのも事実。"ドクター"が記憶を失ってからも変わらない対応に、困惑と同時にどこかで安堵していた。彼が求めているのは過去の"ドクター"であり、記憶喪失したドクターではない。だからこそ、現状を受け入れた上で対応を変えない不気味さと僅かな哀しさがあった。

「__当たり前だろう、私を誰だと思ってるんだ」
勝気に端麗な顔を見返すと、彼は僅かに目を見開く。いつも余裕ある表情を崩してやった喜びがじんわりと胸に広がる。随分殊勝なんだな、と紡ぎかけた言葉は一瞬過った苦い思いと共に飲み込んだ。
きっと、"ドクター"ならこう言うのだろうと言動をなぞるように言葉を紡ぐ。いつもは戦闘指揮に使う頭は限りなく優秀だ。オペレーターの反応から対象のしていた行動パターンを再現する事など容易い。それなのに感じるこの痛みはなんだというのか。


「あぁ、そうだな我が盟友」

にやりと笑う私に彼はいつもの飄々とした顔を取り繕う。彼の言葉の節々から溢れるその思いは受け取れない。その宛先は、私と同じ皮を被った、私ではない誰かなんだろう。きっと、これから一生、比較され続けていく身に纏うような暗い影。
戦闘指揮を愉しむ者と、感情もなく殺戮する物の違いはきっと紙一枚。
それでもまあ、彼女の為ならマリオネットにでもなってやろうと思う私は世界一馬鹿なんだろうなぁと、機嫌よく揺れる白銀に煌めく尻尾を横目で追いかけた。


一瞬、彼の瞳に浮かんだ欲には、気が付かないフリをして。

"憧憬"なんて言葉じゃぬるい

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