■ ■ ■


あてもなく歩く。

よく青春ものの爽やかな歌詞にあるフレーズが頭を過ぎる。どこまで行くのか、どこに行くのかも決めずに歩いていれば、非日常的な気分でどこか浮かれている自分に気がついた。

学校終わりの制服のまま、家とは別の方向に歩き出した。距離の近い道路でも、普段通らない場所だと新鮮にうつる。ジワジワと体を蝕む暑さの中、晴れ渡った空がいつもより色鮮やかで高く見えた。

何をしたい訳でもなく、あえて言うなら何もしたくない。

進路調査と書かれた紙一枚が鞄に入っていると考えただけで、遥かに重く感じる。
気分をまぎわらそうと、本当は軽いカバンをポンポンと肩の上で跳ねさせた。午前授業で終わった今日は、近隣の学校は授業中、ランチにはまだ早いと人がまばらだ。
住宅地を抜けても人影さえ見えなくて、また何故かテンションが上がる。

それでも僕があてもなく歩いている中、真面目に働いている人はいる訳で。店内を掃除しているカフェ店員、電話をしている歯医者、客と話しているネイリスト。ガラス戸で仕切られた店内が別の世界に見える。
僕がいつも学校に行っている時間、この人たちはいつもこうしている訳だ。
世界は学校以外にもあるのか、なんて当たり前の事に、首を傾げる。

そりゃそうだ。一生学校に行くわけじゃない。


ぽたぽたと垂れてくる汗が目に入らないように前髪をかきあげる。少し上を見上げると、少し前の建物に毛利探偵事務所と書いてあった。ここがあの有名な眠りの小五郎がいるところなのか。
確かクラスメイトに彼の娘が居た。こちらも有名な東の高校生探偵と親しかった記憶だ。最近チラリとも見ないけれど。彼女は探偵に運命的な何かがあるのかもしれない。

暑さに怠くなった体をどこかで冷やしたいと辺りを見渡す。事務所の下にカフェがあった。ガラスに大きく書いてある"ポアロ"の文字を見ると、中にこれでもかと言うほど大きく手を振っているクラスメイトが居て驚いた。
周りを見渡しても人は居ないし、僕に手を振っているのだろう。無視する事も出来ずに、休憩と誰かに言い訳してドアを開いた。

カランコロンと鳴ったベルに被せるように、女性店員のいらっしゃいませが響いた。

「こっちこっち!」
椅子から立ち上がってピョコピョコと跳ねる鈴木さんに足早に近づいた。彼女の向かいに座っていた毛利さんに気がついてぺこりとお辞儀をする。

「なんかごめんね」

申し訳なさそうに謝られて慌てて首を振った。
「暑くて、休憩したかったから」
大丈夫、と言ったところでさっきの言い訳が頭を過ぎる。どっちが言い訳なんだか、と思いながら勧められた椅子に腰を下ろした。

流れで座ってしまったものの、そんなに親しい訳でもないクラスメイトからの視線を感じて、思わず机を見つめた。ピカピカに磨かれていた。

「そうそう、安室さん!彼がこれよ!」
いきなり男性の店員さんに声をかけた鈴木さんにちょっと腰が浮く。それを誤魔化すように鞄を弄る。ちらっと正面の毛利さんを見ると、笑いを隠すように視線を逸らされた。気まずさに置かれた水の入ったグラスを持ち上げる。喉を通った水はキリリと冷えていて、火照った身体に気持ち良かった。

「いらっしゃいませ、園子さんから貴方の話を聞いていたんです」
店員がメニューを持って席に近付いてくる。グラスを置いて顔を上げ、店員の顔を見て驚いた。金髪に色黒の肌と甘いマスク。忘れるはずの無い、兄の親友だった。

「えっ…」
警察になるといって警察学校に兄と共にいったはずだった。公務員は副業禁止だったはずだ、なんて頭の隅の知識を掘り起こす。…兄のように、警察を辞めてしまったのだろうか。最後に来たメールを思い出す。

「どうしたの?」
顔を覗き込んで来た鈴木さんの距離感に驚いて、少し仰反ると店員さんの不思議そうな顔が目に入った。

「会った事、ありませんか」
人違いならいいと、乾いた唇で問いかける。少し考える素振りをした店員は緩く首を振った。
「お会いした事はないと思いますが…」
諸伏ナマエさんですよね、安室透です。にこやかな笑みで返され、挨拶を返すしか道がなかった。はっと、使われていないメニューが目に止まって、慌ててカフェラテを注文するとわかりましたとパタパタと安室さんが消えていった。

初めて聞く名前と、会ったことがないと言われてやっぱり人違いだと安心する自分がいた。珍しく家と逆方向のカフェに入ったというのに、カフェラテの味や、鈴木さん達との会話を覚えていない。勿体ないことをした。またポアロに行こうと店名を忘れないようにメモに書く。次の日からクラスの中でも鈴木さん達に声をかけられるようになったのはまた別の話だ。

___兄の行方は、まだ分からないまま。
今日もメールで日記を打つ

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