配属



交機と並んで交通部の花形部署、高速道路交通警察隊。高速道路のみを管轄する執行隊。
昔から憧れた、その部署にやっと配属された。
珍しく目尻を緩めた上司の口から伝えられた言葉に思わず耳を疑った。交通機動隊にて白バイを扱うための養成所を出て直ぐから働いていた。実力を積まないと高速隊に入れない為に異動を期待して切符を切りまくっていた日々。仕切りに高速隊に異動したいと誰かれ構わず口にしながらもしっかりと働いていたために嗜められる事はなく、仮面ライダーになりたいと目をキラキラさせる赤子を見るような目で見られるだけだった。
その憧れの高速隊に遂に異動できるらしい。驚きに嬉しさがジワジワと追いついてきてやっと事実をゆっくりと噛み締める。正に地に足がつかないような気分で交機のデスクに戻った。
デスクの鍵をスラックスのポケットから取り出す。キーホルダーで繋がった複数の鍵の中からデスク用の物を探し当てるのにいつもより手間取った。

「おうおう、萩原くん、テンション上がってるじゃないの」
ガチャガチャとデスクと格闘していると宮本先輩がケラケラと笑いながら声をかけてきた。交通機動隊に配属される前、交通執行課にいた頃の先輩だ。警察学校をやっとの思いで卒業し、交番勤務を終え、右も左も分からないまま配属された先に居た先輩はこの人だった。竹を割ったような性格で何事もあっけらかんとした様子でよく喋る人だ。どうしたどうしたとケラケラ笑う先輩を見やる。

「異動が決まったんですよ」
「えっ、マジ?どこ?交機から異動すんの?」
「念願の高速隊です」
やっと開いたデスクから書類や私物の手帳を取り出す。しゃがんだまま顔を上がると、そういやなんか言ってたわね……と顎を摘んで思い出そうとしている宮本先輩と目があった。サクサク出世しやがってナマイキ坊主、と片手に握ったジュースをビールのように煽る。
「まあ、おめでとう、よかったじゃない」
今度高速隊のイケメンでも連れてきて、合コンするから!その後もなんやかんやと騒いでいたがふと思い出した様に時計を見てサッと顔色を変える。そのまま騒々しくバタバタと出て行った。別の部署に昼休憩でもないのに居ていいのかと思っていたら、やはりまずかったらしい。賑やかな先輩が居なくなった後の、交通隊の先輩からの生温かい視線には気がつかないフリをした。柄にもなくテンションが上がっている自覚はあるのだ。つい宮本先輩のテンションに煽られて喋りすぎた。

それはそうと、高速隊は基本中高年の人が多いのを言うべきだったろうか。
ベテランの白バイ隊員集団だから最高峰のバイク乗りなのは確実である。そう考えるとある種モテる気もする。

取り出した荷物の中に紛れている書類の中、引き継ぎに必要なものを取り出してまとめる。何個かのファイルに仕分ければ、荷物がかなりコンパクトになった。ずっしりとくる書類を持って息をつけば机の上のスタンドにかけてあった自分の白バイの鍵が目に止まる。あの白バイにもう乗らないのかと思って鍵に触れた。高速隊になるとさらに性能の高い、スピードの出せる白バイになるのだ。

鍵は引き継ぎのファイル達の上に置いておいた。


お世話になった先輩方や同期に同じく、別の部署に異動になった同期と挨拶してまわる。応援の言葉に胸が暖かくなった。
いつもより重い鞄を持って、部署を後にする。
エレベーターに乗りこんで、ポケットに手を入れた。
取り出した携帯でラインを開き、なんて誰に送ろうと指を止める。
一人一人に知らせた方がいいのだろうか。両親の顔と、兄の顔、兄の親友の顔が次々に浮かぶ。いくつかの送信相手の上でふらついた指を、一つのグループの上で止めた。
 
勢いよくタップしたのは兄と、兄の親友達のグループ。

___「作戦成功。」

ポンポンとついた既読と祝いの言葉に返事をして、ハッと目の前の鏡を見る。鏡にはだらしなく緩んだ顔の男が居て、咄嗟に目を逸らして口元を手で隠した。


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