冠の重み



「では、やってみましょうか。フォーリー」
やって見なさいとばかりにくいっと顎をしゃくる先生をみて、そっと杖を手に取った。マクゴナガル先生が杖で掌を軽く叩いているのを横目に、サシャは小さく息を吸う。緊張でか、まつ毛が少し震える。

「VeraVerto」
サシャが小声ながらも、よく通る声でひゅんと杖をふると、彼の目の前に鎮座していたカエルは少しの間クルクルと周り、銀色のカップになった。飾り毛は無く、少しだけくすんだカップだったが、及第点だろう。サシャが詰めた息を小さく吐き出すと、マクゴナガル先生が満足げに頷いた。

続いて、レギュラスがヒュンと杖を振るう。
「VeraVerto」
彼の完璧な発音で、ちょこまかと動いていたネズミはピタリと動きを止めると、きらきらと光り輝くカップに変身した。その輝きを、マクゴナガル先生は確認するように手に取る。ひっくり返しても美しいそれに、マクゴナガル先生は僅かに微笑した。

「良くやりました。スリザリンに5点ずつ加点しましょう」

やるな、とスリザリン生から肩を叩かれて、それに微笑みを返した。レギュラスも、嬉しそうに頷いた。

なんとか予習の成果は出せたらしい。
授業の終わり、宿題のレポートについての説明を羽ペンで必死にメモをとって、羊皮紙を巻いてカバンに仕舞い込んだ。先にメモを取り終わったレギュラスが席を立つ。慌てて追いかけるようにして、教室を後にした。

「さすがフォーリーですね」
ドア前で黒髪の男子生徒__彼の横にはにこりと微笑んだ女子生徒が居た__に声をかけられて、サシャはにこりと薄く笑って、軽く頭を下げて通り過ぎた。
確か有名なグリーングラス家の令嬢の婚約者だっただろうか。曖昧な記憶を手繰り寄せても、彼の名前は出てこなかった。恐らく純血だが、確証がない為に聖28一族ではない筈だ。横の彼女はグリーングラスの令嬢だろう。彼女はパーティで何度か見かけた事があった。

純血同士は繋がりがあるから名前を覚えなくてはいけないが、そうでないとそれなりに人数がいる学校では同じ寮同士でも名前を覚えるのは難しい。とくにスリザリンは純血は純血同士固まるものだから、純血でないと名前を覚える機会も無かった。
それはサシャにとって少し困る事ではあったが、同時に有難い事であった。貴方は純血ですか、などと不躾な質問をしなくとも、相手のファミリーネームを覚えているかで純血かそうでないかが判断出来るからだ。ファミリーネームを覚えているなら、関わりを持っても大丈夫__関わりを持つべき相手。それは何よりも初めに相手を判断できる材料だった。


グリーングラスの令嬢とすれ違った場所から少し離れた場所にレギュラスが鞄を抱えて立っていた。スリザリンカラーのローブを着た男子生徒と話している。
サシャが近づいていくと、ぱちっと彼らと目が合った。サシャを認めると、鋭い目つきをふっと緩め、にこりと笑った。
すらりとした長身の彼は、見るからに先輩だ。あわてて背筋を伸ばしたサシャを見て、彼はくすっと笑った。口端だけを上げる笑い方は、気品に溢れている。
彼の名前は__そうだ。

「サシャ・フォーリーか。我が寮の得点を稼いだそうだな」
「ありがとうございます、ロジエール先輩」
差し出された右手を握ると、案外力強く握り返された。ロジエール家は親同士が繋がりがあった。

「フォーリー家の名に恥じぬようにしろよ」
彼はサシャにそう言って、颯爽と去っていった。レギュラスはその後ろ姿を見送ると、鞄を持ち直した。魔法のかかったそれは見た目程の重さは無い。


__ブラック家の名に恥じぬように。
__ブラック家の誇りを忘れるな。
ブラック邸に居た時、耳にタコが出来るほどレギュラスが言われた言葉だ。魔法族の中で、ブラック家は殆ど王族である。少なくともスリザリンの者にとっては。
サシャの様に、他の魔法族からあの様な言葉を掛けられた事はない。そんな事は立場上言えないからだろう。けれど、サシャはロジエールから言われた。
彼と自分は、やはり立場が違うのだろうか。

その事実が何故か悔しくて、やるせない。行きますよとサシャに声をかけて、癖の無い黒髪を揺らし、足早に魔法史の教室に向かった。



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