これの続き!


「…ん…、…なんや、志摩、か…ってお前、何、泣いて」

なんだか自分がどうしようもなく醜くて、嘘をついてる自分が嫌いで、情けない自分が嫌いで嫌いで溢れる涙を止めるためにもここから立ち去ろうとしたその時、今の今まで寝ていた勝呂がタイミング悪く目を覚ました。そして、真っ赤になった目で涙を溢す、それでも笑顔な俺を彼は見つけてしまった。寝起きで舌足らずな語尾が、はっきりとした物に変わる。

「へ…?いや…別に、何にもあらしまへんよ。ちょっと感傷に浸っとっただけです」

へら、笑顔は崩さない。悲しい顔なんて、苦しい顔なんて、絶対に見せない。自分の心の内など、もう誰にも、

「嘘つけ。なんで泣いとったんや。なんかあったんやろ。聞いたるから、話せ。お前は一人で抱えとる事が多いんやから」

嫌やったら嫌言うたらええし、無理して俺についてこんでええ。お前はお前の好きなように、生きたらええんや。勝呂はそう、俺に告げた。
違う。俺は嫌でついていっとるんやない。俺は好きなように生きとる。けど、けど。
俺がアンタの事で泣いとるなんか、これっぽっちも気付いとらへん。やのにこんな優しい言葉かけて、ホンマにこの人は、――そんなこの人を俺は、

「……。…ほんま、坊には敵いまへんなぁ…。」

こんなにも、好きで居るのに。
こんなにも昔から、貴方を好いているのに。

―――…今なら言っても良いだろうか。好きな人が居たと、もがくほど苦しいと。

「…俺ね、好きな人にフラれたんです」
「……、」
「俺、ずっとずっと前から、ずっと好きでずっと側に居ってきたのに、やのに」

一度も俺を、見てはくれなかった。
苦しかった。
いつ相手が出来てしまうのかと、いつ他人のものになってしまうのかと、毎日毎日不安で、毎日毎日怖くて距離を置こうとしたのに置けなくて、誰よりも近くて、だけど遠くて。
涙が重力に従って落下し、正座をしている俺のズボンと手の甲にパタパタと音をたてる。ああ今、俺、どんな顔しとるんやろか。初めてさらけ出す、俺の本音、俺のカオ。
そんな俺を見る勝呂の目は何処か苦しげで、悲しさをまとっていた。ぎゅ、唇を噛んで涙をすすり上がる声を押し殺す。すると勝呂が何も言わず、俺をやんわりと包み込んだ。

「ぼ…、っ」
「…俺も、やから」
「へ…?」
「俺も、ずっと好きで、ずっと側においとったつもりやったのに俺の事遠ざけていきよって、かと思ったら近くにおって、でも遠くて、でも一回も俺の事見てくれんかった」

急にふわ、と抱き締められて、はじめて直に感じる勝呂の体温。力強い腕に、勝呂の匂い。この行為が、もし今で無ければ。もしも今の、恋に破れた時で無ければ。
そう考えたのも束の間、勝呂から発せられた言葉は自分の体験談。そう、今まさに俺がその事で傷ついた、その話。
やめて。もう言わないで。それ以上俺を、苦しめないで。
胸の内では思っても、勝呂は言葉を繋いでいく。

「俺も、志摩と同じでずっと苦しかったんや。いつ相手出来てもおかしないヤツやし、いつアイツの全てが俺を見んようになってまうんかて不安で、毎日不安で」

やめて、やめて。
そんな話せんとって。嫌や、もう嫌なんや。
溢れる涙が激しさを増す。今感じているこの優しいぬくもりと、俺を傷つける刃のような言葉が対比して何も考えられなくなる。もう解ってる。勝呂に好きな人が居て、それが俺なんかじゃないと解ってる。ふぇ、と情けない声が出ていく。すると勝呂の回す腕に一層力がこもって、小さな小さな震える声で彼は俺に呟いた。

「――っ…、俺やったら、志摩の事絶対泣かせたりなんか……せぇへんのに」

とくん、とくん。俺の右側に響く心音がまるでその意味の全てを告げているようで。
ぎゅう、と少しこもる腕の力には今まで俺が求めてきた、そんな――――


…――ねえ、坊、
俺はその言葉に少し、期待しても良いですか?


「…っ、…俺が見てるんは、昔からずっと志摩だけなんや。
…お前からしたら相手が俺なんかあり得へんやろうし、それにその、同じ男やけど

――俺はお前が、好きなんや」


…あぁ神様、
俺はこの言葉を信じても、良いんでしょうか。

溢れていた涙が別の意味を成したのは、その時だった。



目に映るのは




「…なんや、俺、フラれてなんかなかったです」
「……どういう意、」
「坊、俺は坊の事が、ずっと前からずっと好きでしたんよ」
「な、ほ、ほな俺ら――」
「ずっと前からずっとお互いの事で悩んできとったんですね」
「……なんやねん、ほんま、
………阿呆らし」


20110907 黒豆

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