これの続き!


「……、ま」

ビクリ。突然彼の口が開いた事に驚き、すかさず距離をつくる。心臓が口から出そうになり、ドッ、ドッと脈打つ心臓の音が脳をも揺らす。起こしてしまったのか。今の行為が気付かれてしまったのか。もしそうならどう言い訳をしよう。嫌われるのは、距離を置かれてしまうのは何よりも一番嫌だった。怯えと不安で回りにくくなった頭を無理矢理働かせる。触れた瞼の感触が、まだやんわりと唇に残っていた。

「…ん…」

眉を寄せ、眉間に皺をつくる勝呂は起きてはおらず、またすぐ寝息をたてはじめた。ホッと胸を撫で下ろす。昔からそうだが、ときたま彼は寝ている時まで怖い顔をしている。俺はソッと、それこそ起こさないように眉間に指を這わせると、指でなぞり皺を無くしてやった。すると勝呂が、むにゃむにゃと何かを呟くのが耳に入った。寝言だ。珍しい。勝呂が寝言を言った事など俺は今まで聞いた事がない。少しでも彼の夢に入ってみたくて、耳を傾けてみる。
――――…そうした事を俺は、心から後悔した。

「…す、きや………」


――今、彼は、なんと言ったのだろう。認識した言葉と同時に頭がショートして、何も考えられなくなる。…好き?…いや、すき焼きの夢を見ているのかも――そんな都合の良い考えができるハズもなく、ぐるぐるぐるぐる、彼の言葉が頭の中を駆け巡る。その間にも、まるでトドメを刺すかのように勝呂は好きや、好きなんやと途切れ途切れに呟く。
胸が痛い。張り裂けてしまいそうで、ズキリ、ズキリと悲鳴をあげる。こんなに痛い思いをしたのは、友達でなら好きだと言われたあの時以来だ。

「――…坊にもやっと、出来はったんやね、」

好きだと思える人が、心から愛そうと決めた人が。


気付けばボロボロと、熱い涙が頬を伝って溢れ落ちていた。
伝えずに終わってしまった想い。一番、何よりも恐れていた事。あの鋭くも優しい目がたった一人の人を見、この薄い唇が塞がれ、片方だけの空いた手が、繋がれて。それを一番近くで、誰よりも近くでこれからも見るようになって、俺は笑顔で居られるだろうか。勝呂におめでとうと、お幸せにと心から伝える事が出来るだろうか。溢れるのは後悔と、そして、

「…好きなんや、坊が、他のどんな誰よりも」


視界が滲んでぼやけても、そして勝呂を映さなくなってしまっても、俺は本音を押し殺した偽りの笑顔のままだった。


本音と偽り


(ずっとそうやって、今まで生きてきたんや)
(端から希望なんて、見えてなかったから、)


20110905 黒豆

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