東京空虚ラバーズ
一、愛想ラバーズ 二、正義ラバーズ
三、偽者ラバーズ 四、空虚ラバーズ

灰色の空に手をかざしてみた。弱い陽光は僕の手に流れる血管を透かしてみせたりはしない。だが確かにこの手には血が流れている。赤い赤い、命の水が。
「浪漫だって夢だって全部飲み込んでやる。疑わない、いつかこの町にも陽の光は射す」
厚い雲に覆われた町。僕は太陽を見たことがない。それでも僕は疑いたくなかった。せっかくここに生まれたのだから。
「ほんと、変な人だよね、千景くん」
僕を見つめてアキラがそんなことを言う。楽しそうな感情を微かに声に滲ませて。
「アキラには負けるよ」
身体に力を入れて上半身を起こし、そのまま立ち上がった。窓ガラスがほとんど割れたビルとビルの隙間からいくつもの煙が立ち昇っている。この町は全国から集められたごみを処理することで何とか成り立っていた。ここに住む人の大半がごみ処理場で働いている。
東京は日本のごみ箱と化した、と諦めたように言った人も居た。すれ違っただけの、全身に疲れを滲ませたごみ処理場の作業服を着た男性。彼はもうこの町を出て行っただろうか。
「せめてボクも君みたいに愛想良くなれたらなあ」
投げ出した足の先を交互に動かして遊びながらつまらなそうにアキラが言った。
「簡単だよ。ほら、笑ってみな」
アキラの側にしゃがみこんで顔を覗き込む。僕を見つめ返したアキラの顔は無表情そのもので、楽しみも悲しみも何も感じることができない顔だった。ただなんとなく分かるのは、僕に対して抱いている興味だけ。
「ほら」
アキラの両頬に手を添えて、ぐに、と掴む。そのまま両側に引っ張ってアキラの口角を上げようと試みた。
「これでいい、簡単だろ」
優しく手を放してフッと笑うと、アキラは掴まれた両頬に手を当ててすりすりと撫でた。
「善処するよ」
そんなことを言うアキラにもう一度微笑んでから立ち上がる。だらんと降ろした両手の行き場を求めてズボンのポケットに突っ込んだ。
「千景くんは、どうして愛想が良いの」
自ら両頬をぐにぐにと引っ張って口角を上げようと努力しながら、アキラは問いかけた。
「僕は愛想が好きなんだ」
工場から伸びるいくつもの煙を眺めて、僕はそう答えた。



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