東京空虚ラバーズ
一、愛想ラバーズ 二、正義ラバーズ
三、偽者ラバーズ 四、空虚ラバーズ

本格的に降り出した雨から逃れるために校舎内に入った。屋上と扉一枚隔てたそこに座って、アキラは濡れた髪を梳かす。隣に座って、僕も髪に付いた雨水を落とすためにぶんぶんと頭を振った。
「冷たい」
僕の髪の雫が跳ねてしまったのだろう、アキラは頬を押さえて僕に抗議した。
「ああ、ごめん」
素直に謝ると、アキラは小さく「うん」と言って再び髪を梳き始めた。様子を窺いつつ、僕は口を開く。
「そのお父さんとは、まだ一緒に暮らしてるの」
「うん。ずっと一緒」
けろりとした答えが返る。どうやら仲が悪いわけではないらしい。
「じゃあ、何が不満なの」
アキラが自分からこんなことを話すのは珍しかった。きっと何か聞いてほしいことがあるのだろう。
一瞬微かに顔を歪めてから、アキラは静かに口を開いた。
「……傷の、」
途切れ途切れに、アキラは話す。
「傷の、舐め合いに見えるんじゃないかと、思って」
アキラの髪から雫がぽたりと落ちた。
「傍から見たらきっと、ボクたちは、」
扉の向こうから、ザーザーと雨の降る音が聴こえる。
「互いの傷を舐め合う、淋しい親子だ」
その声は、どこまでも淋しく響いた。
アキラの顔は長い髪に隠れて見えない。雨音の隙間を縫って、僕は言葉を紡いだ。
「……そうかな」
俯くアキラの頭がぴくりと動く。
「少なくとも僕には、父を愛する娘のただの独り言にしか聞こえないけど」
ドアに身体を凭れたままなんとはなしに言うと、アキラはふう、と小さく息を吐いて顔を上げた。
「あー、頭の中がぐちゃぐちゃだ」
先程までとは打って変わってハリのある声を出すアキラ。
「ごめんね、いきなり変なこと」
僕を振り返って見るアキラの顔は相変わらず無表情だったけど、少しだけ、雰囲気が柔らかくなったような気がした。
「……お父さんのこと、好きなんだ」
静かに問えば。
「……うん。大好き」
静かな答えが返ってくる。



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