東京空虚ラバーズ
一、愛想ラバーズ 二、正義ラバーズ
三、偽者ラバーズ 四、空虚ラバーズ

埃っぽい店内の突き当たりに、本に埋もれて誰かが居た。立派な白髭を携えた老人だった。店主だろうと思う。アキラはその老人に近付くと、親しい友人にするような雰囲気で挨拶をした。
「こんにちは」
アキラの挨拶に、店主は開いているのか分からない細い目を向けた。
「ああ、アキラちゃんか。いらっしゃい」
優しい声と笑顔がアキラに向けられる。直後、店主は僕に気付いて首をかしげた。
「はて。そちらの男の子は初めて見るな。アキラちゃんのお友達かい」
「うん、まあね。千景くんっていうの」
ぺこり、と軽くお辞儀をする。何の迷いもなくアキラが僕のことを"友達"と称したことに、内心少しだけ驚きながら。
「千景くんか。良い名前だ」
優しい表情で紡がれる素直な褒め言葉に少し照れる。曖昧な笑みを返していると、アキラが様子を窺いつつ口を開いた。
「あのさ、おじいちゃん。今日はボク、おじいちゃんに訊きたい事があって来たんだ」
「そうかい」
店主は、その細く優しい瞳でアキラの言葉を促した。一呼吸置いてから、アキラは例の問いを口にした。
「おじいちゃんの"正義"って、何?」
まっすぐな瞳と瞳が、ぶつかる。印象的だったのは、縋るような色をしたアキラの瞳。何かに耐えているような、泣き出しそうな、それでいてまっすぐな、瞳。
店主はすぐには答えなかった。暫しの沈黙が僕たちを包む。しかし不思議と嫌な感じはしなかった。柔らかい、落ち着くような空気。埃っぽい店内に古本の匂いが混じる。何度か小さな瞬きを繰り返した後、店主はゆっくり口を開いた。
「……すべてのことがらには、表と裏がある」
静かに、声は響く。
「光が在れば、そこには必ず影が存在するんだよ。……そこにはな、良いも悪いも存在しない。どちらが正しいわけでもない」
こくん、と控えめにアキラが頷くのが分かった。
「正義っていうのはな、アキラちゃん。主観でしかないんだ。ある一方にとってそれが揺るぎない正義であっても、違う立場の者からすると、それはとんでもない悪だったりする」
外から入る西日が店主に射して、その白い髭がキラキラ輝くのを見ていた。
「決めるのは自分だよ。ただな、本当は、正義や悪なんてものは存在しない。すべては同じ。ひとつなんだ。世界は、まあるく出来ているんだよ」
細い瞳が瞬きをする。
「我々は、それに気付くのが遅すぎた。文明こそが正義であると、誰一人疑わなかったんだ。この町を作り上げたのは、凝り固まった正義なんだよ」
だらんと下げられたままのアキラの拳に力がこもる。
「まだ歳若い君達に言えることはひとつだけだ。……アキラちゃん、千景くん」
店主の瞳は深いグレーの、強い色。
「自分を、疑いなさい」


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