秘やかな愛の囁き (1/3)

 毎月、11日。スザクは特に任務の予定が入っていなければ、休暇を申請する。その日だけでは怪しまれるので、休暇の申請は月に3日。毎月だいたい同じ日にちだ。だが、特別なのは11日だけ。
 それは軍に入ったばかりの頃から始まり、ナイト・オブ・ラウンズの一角に席を置くようになった今でも続いている、スザクの大事な習慣だった。


 スザクは月に一度の日、早朝から出掛ける。服装もラウンズの制服ではなく私服。古いリュックを背負い、似合わないサングラスのおまけ付きだ。
 何本も電車を乗り継いで数時間。辿り着いたのは未だ緑深い山奥。そこはスザクの生まれ育った場所だった。スザクはサングラスを外して、朱い鳥居とそこから続く長い石段を見上げた。思い出の多いこの場所は、訪れる度にスザクに多くの思い出を呼び起こさせた。そして、思い出と同時に甘い期待が胸を支配する。
 スザクは時間を惜しむように延々と続く石段を駆け上がった。身体が汗ばみ始める頃に、漸く玉砂利の敷かれた境内へと辿り着く。
 スザクは僅かに上がった息を整え、広い境内の奥古びた木造家屋の並ぶ一角へと足を進める。立派な外観を誇る母屋を通り過ぎ辿り着いたのは、母屋に比べて簡素な造りの離れだった。スザクが幼少期寝起きしていた場所だ。
 ポケットから出した古い鍵で引き戸を開く。玄関には既にスザクのものより大きな靴が一足置かれていた。スザクはそれを目にすると慌てて靴を脱ぎ、揃える仕草も慌ただしく早足で廊下を奥へと進む。
 やがて最奥の一室の前に辿り着くと、障子越しに見える影にスザクの胸が高鳴る。声をかけようと口を開くが、その前に相手がスザクの気配に気付いた。
「スザク君か。入りなさい」
「はい、失礼します」
スザクは聞こえてきた低い声に礼儀正しく返して障子を開く。その先には、待ちわびた人物の姿があった。
 畳に正座する精悍な顔立ちの男性。身に纏った藍染めの袴が彼の程よく刻まれた年輪を際立たせ、堂々とした趣だ。藤堂鏡志朗。スザクが師として仰ぎ慕う人だ。
 「藤堂先生…」
スザクの口から発せられたのは、既に失われたはずの呼び方だった。だがここに居る時だけは、スザクは昔と同じ呼び方で藤堂を呼ぶ。そしてその声には、師に対する憧憬だけではない甘さが含まれていた。
「久し振りだね。スザク君」
藤堂の武骨な声も優しさを滲ませてスザクに向けられる。
 「ごめんなさい、お待たせしてしまいましたか?」
スザクは鞄を部屋の隅に置いて、藤堂の向かいへと腰を降ろす。今ではスザクが正座して膝を付き合わせる相手など、藤堂だけだった。
「いや、ほんの少しだ。それより、走って来たのか? 頬が朱い」
藤堂の乾いた手がスザクの頬に触れる。触れられたスザクは翠の瞳を潤ませ、より一層頬の朱を濃くした。
「先生の言を借りるなら、これも修行のうちです。汗臭くなかったらいいんですけど…」
軽く肩を竦めながらもスザクは藤堂の掌に頬を寄せた。
 「大丈夫だよ。石鹸の匂いだ」
藤堂は空いた手でスザクの腕を引き寄せ、茶色いふわふわとした頭に鼻先を埋める。スザクは出掛けにシャワーを浴びてきたことを看破され、恥ずかしそうに藤堂から体を引いた。
「先生、やらしいですよ…」
頬を膨らませ照れ隠しに憎まれ口を叩くスザクの表情に幼い頃の影が重なり、藤堂は愉快そうに喉を鳴らす。
 「最近は大人びたと思っていたが、やっぱりスザク君はスザク君だな」
藤堂はスザクが幼い頃にそうしたように、離れていった頭に大きな手を載せ柔らかな栗毛をくしゃりと撫でた。スザクは子供扱いされた不満を込めて藤堂を睨むが、口元の緩むのを抑えきれない辺り満更でもなさそうだった。
 暫し藤堂の手に大人しく撫でられていたスザクだったが、その手が耳に触れ更に首筋へと移ろうとしたのを感じて慌てて立ち上がる。
「さ、先に着替えてきますっ」
赤みの増した顔を隠すように藤堂に背を向け、スザクはリュックから白い上衣と濃紺の袴を取り出した。


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