鹿の香りと牙の痕 (1/4)

 スザクは体臭が薄い。それ故に他の匂いが移りやすかった。幼い頃の彼は、自然の匂いをさせていることが多かった。それは土の匂いだったり、木々の匂いだったり、川の匂いだったりする。中でもルルーシュは、スザクからお日様の匂いがするのが好きだった。
 7年ぶりに再会した彼は、よく消毒液の匂いをさせていた。技術部だから安全だと言っていたのに。ルルーシュはスザクが虐められてるんじゃないかと、よく心配になった。
 何もない時は、そっけない石鹸の香りがした。それは恐らく軍の支給品なのだろう。スザクを家に泊めて、その石鹸や消毒液の香りを自分と同じシャンプーの匂いに塗り替えるのがルルーシュは好きだった。
 ある日スザクから、微かな花の香りがした。それはルルーシュの初恋の香りだった。それを血の匂いに塗り替えたあの日は、今でも忘れられない。


 その日、ルルーシュは階段で足を滑らせて転びそうになったところを、スザクに抱き止められた。
「大丈夫? ルルーシュ」
スザクの心配そうな表情。しっかりと抱き抱えられたスザクの腕の中で、ムスクが香る。
「あ、あぁ。すまない、スザク。ところでお前、香水でもつけてるのか?」
スザクに助け起こされながら、ルルーシュは問いかけた。余りにもそれは、彼に似合わない香りだったから。
「え、まさか。香水なんてつけないよ、僕は男だし」
言いながら、スザクは自分の袖の匂いを嗅いで首を傾げる。
「何か匂い、するかな?」
自分ではわからないらしい。それだけ日常的にその香りに慣れているということか。
「あぁ、相当きつい」
「そんなに臭いの? 何でだろ…ごめん…」
ルルーシュが眉を寄せて告げたのをスザクは別の意味に受け取ったのか、眉端を下げてルルーシュから離れた。
 「うちでシャワー、使って行けよ。授業の内容は後で俺が教えてやるから」
「でも…」
「どうせ俺の助けがないと授業に出たって理解できないだろ、お前は」
「そうだけど…」
「じゃあ、決まりだな。第一、そんな匂いを振りまいてたら周りの迷惑だ」
本当は触れるぐらい近くに寄らないと、わからないぐらいの匂いだった。だがそれでもルルーシュには不快極まりない。
「そうかな。わかったよ。その代わり、ちゃんと後で教えてよ?」
「任せておけ」
 押し負けた形で折れたスザクを、ルルーシュはクラブハウスに連れ込んだ。


[*prev]  [next#]
[目次へ] [しおりを挟む]

  



第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -