恋は盲目 (3/7)


 スザクはどうやって政庁の自室まで戻ってきたのか、思い出せなかった。アッシュフォード学園のクラブハウスから政庁まで、ただ夢中で駆けて来た。頭の中はぐちゃぐちゃで、疑問符ばかりがスザクの混乱を嘲笑うように脳内で踊っている。部屋の扉に腕を付いて深呼吸を繰り返す。普段ならこの程度全力疾走したところで息が乱れることなどない筈なのに、精神の疲れが影響しているのか、慌て過ぎて走り方に無駄があったのか、兎に角なかなか呼吸が整えられない。結局心身共に表面上だけでも落ち着きを取り戻せたのは、ゆうに5分も過ぎた頃だった。
 「落ち着こう。これもルルーシュの何かの策略かもしれないし、そうじゃなかったら悪い冗談とか生徒会のドッキリとか…」
何とか現実逃避をしようとするが、どうしても薄気味悪さを感じずにいられない。大体においてスザクは鈍感だと言われ続けて来たが、思い返せばあれもこれもと多くのことがひっかかり、警戒する剰りに今度は過敏になり過ぎているような気さえした。
 とにかく早く寝ようと、政庁の自室の暗証番号を素早く入力してロックを解除する。この暗証番号もジノ知られていたので昨日変更の手続きをしたばかりだ。
 自動で開いた扉の中に、いつもと変わらぬ殺風景な室内を見て安堵する…筈だった。だが、実際にスザクの目の前に広がったのは殺風景等とは程遠い華麗で目に眩しい光景だった。
 室内を照らすのはいつもの蛍光灯ではなく、暖かな黄色い白熱灯の灯り。冷たいタイルだった筈の床には毛の長い臙脂色の絨毯が敷き詰められている。簡素なベッドやデスクといった家具類は全てヴィクトリア調の華美なものに置き換えられており、ベッドに至っては天蓋付きのキングサイズだ。至る所に真紅の薔薇が高級そうな花瓶と共に飾られており、ベッドの上には薔薇の花が直接散りばめてあった。まさに“薔薇の褥”といった風情だ。そして今までになかった応接セットに腰掛けて優雅に紅茶を飲みながら、部屋に不似合いなノートパソコンの画面を見つめていた人物が振り返る。
 この豪奢なインテリアの数々すら彼の前では霞む程の眩しさ。白い光を帯びたように輝く金糸の髪と、柔らかな菫色の瞳。戯曲に出て来る王子様の様、等という言葉は比喩にすらならない。何故なら彼は正真正銘現実の王子様だからだ。
 「やぁ、おかえり。スザク君」
目の前の予想外に眩しい光景に呆然としていたスザクに、彼がごく自然に声をかける。状況は限りなく不自然で、あまつさえ普段は“枢木卿”と呼ぶ彼が“スザク君”と呼ぶこともおかしい筈なのに、疑問を感じる自分の方がおかしいのではないかと思いそうになる。
「シュナイゼル…殿下…。あっ、と…ただいま戻りました」
思わず帰還の返事をしてしまってから、スザクははっとした。
「ここは…自分の部屋…ですよね?」
交付されていた暗証番号で開くということは間違いなくその筈だが、ここまで様変わりしているとそう問わずにはいられなかった。
「そうだよ。君の部屋だ。だからそんな所に突っ立っていないで、入っておいで」
部屋の入り口に扉を開いた体勢のまま立ち尽くしていたスザクは、シュナイゼルに促されて室内へと足を踏み入れる。まるで部屋の主であるかのように手招きするシュナイゼルに歩み寄れば、彼はスザクの戸惑いの表情に笑みを深くした。
 「驚いたかい? 君の部屋は前々から殺風景だと思っていたんだよ」
それが無断で模様替えをする理由になるのだろうか。第一、“前々から”と彼は曰うが、彼を自室に招待したこと等今まで一度もないのに、何故殺風景だと知っていたのか。疑問は尽きないものの、シュナイゼルを相手に問いかけるのには戸惑われた。どちらの疑問も口に出せば咎めるような調子にになってしまう類のものだ。
「はい、驚きました」
結局口に出したのはそんな平凡な同意。
「気に入ってくれたかな?」
「はぁ、まぁ…」
曖昧になってしまったのは仕方がない。正直なところ、趣味じゃない。ルルーシュやジノのファッションセンスもそうだが、ブリタニアの貴族の装飾過剰な趣味はどうもスザクの肌には合わないようだ。
 だが、シュナイゼルはスザクの気のない返事にも満足そうだった。
「私と君が愛し合うのに相応しい部屋だろう?」
「はい!? 今何て…」
シュナイゼルはスザクの疑問など聞いてはおらず、にこやかに話を続けた。
「殺風景な部屋で猫と一緒に体を丸めるように眠る君も、それはそれで淋しそうで可愛かったんだけれどね。どうせなら、私の腕の中で安心して眠っているような気分になる部屋にしたかったんだ」
何かがおかしい。シュナイゼルの言っていることがスザクには段々理解出来なくなってきた。
「あぁ、トイレもシャワートイレに変えておいたよ。そういえば、君は日本人なのに便座を上げて用を足さないんだね」
 それは幼なじみとその妹の影響だった。トイレの便座が上がっていると、目の見えないナナリーがトイレをする時に困るからとルルーシュに叱られたからだ。忘れたら大変だと思い、いっそのこと上げずにに座ってする習慣をつけた。だが、何故それをシュナイゼルが知っているのか。
 「浴室もユニットバスで不便そうにしていたから、改築しておいたよ。あんな風に体を洗ってから湯を溜めていると風邪をひいてしまう。和風の桧風呂だ。私もエリア11の湯船に浸かる文化は気に入っているんだ。後で一緒に入ろう」
ルルーシュの時と同じ様な混乱をスザクは感じていた。疑問が後から後から湧き出ていて、口に出す暇もない。それなのに相手は当然のような表情で話すものだから、益々訳が分からなくなる。
 「あ…あの、…殿下は何故、自分のトイレや入浴の事情を御存知なのでしょうか?」
やっとのことでスザクが口にした問いに、シュナイゼルは柔らかな笑みを浮かべて、テーブルの上に置いてあったノートパソコンを少し操作してから、モニターをスザクの方へと向けた。
「私はいつも君のことを見ているよ」
 スザクの背中に戦慄が走る。ノートパソコンのモニターに映っていたのは、スザクの部屋だった。今シュナイゼルと話している自分も写っている。いくつかに画面が分割されており、他の画面では角度が変わっていたり、ベッドが大写しになっていたりする。更には改築されたトイレや風呂らしき画面もあった。


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