決闘は愛という名の剣で (2/5)


 ミレイの居なくなった学校は静かだった。校舎からクラブハウスへと向かう道のりに、既に生徒の姿はなかった。シャーリーも寮へと戻り、ルルーシュは一人携帯電話を耳に当て帰路を歩んでいる。耳許では発信音が鳴り続けているが、電話の相手は一向に応答しない。ルルーシュは諦めずに何度も発信を続けていた。
 「ルルーシュ先輩。いや、……ルルーシュ・ランペルージ」
不意に名を呼ばれてルルーシュが顔を上げれば、見たくない長身の姿があった。アッシュフォードの制服ではなく、ナイト・オブ・ラウンズの騎士服を着ている。モスグリーンの外套が夜風に揺れた。
「ジノ…」
 ジノ・ヴァインベルグ。ルルーシュにとって、一番忌々しい顔だった。同僚という立場をいいことに、スザクに何かと纏わりつくだけでも目障りだ。その上、スザクにルルーシュの学校での不誠実を伝えていたらしい。その不誠実とて不可抗力と影武者である咲世子の暴走によるもので、ルルーシュの望んだことではない。
 ジノは笑顔を浮かべた。だがそれはスザクに彼がよく向けている人懐こい笑みではない。空の色をした碧眼は氷のように冷たかった。
 「何の用だ?」
ルルーシュは電話を手にしたまま問いかけた。忌々しいことには変わりなかったが、ルルーシュは同時に安堵する。電話は未だ繋がらない。だがその一因が目の前の男にあるという疑惑が晴れただけでも、喜ぶべきだろう。
 ジノは答えなかった。変わりにルルーシュの顔に、軽い痛みと共に柔らかい何かがぶつかってくる。顔に張り付いたそれを手に取ってみれば、それは手袋だった。ルルーシュは発信音の鳴ったままの携帯電話を、そのままゆっくりと耳許から降ろした。
 「庶民とはいえ、君もブリタニア人ならわかるよな?」
手袋に包まれていない左手をひらひらと振って、ジノが口端を上げた。笑みの隙間から、覗いた犬歯が彼の獰猛さを際立たせる。
「何の冗談ですか、ナイト・オブ・スリーともあろうお方が。俺はただの学生ですよ?」
薄く笑んで問いかければ、ジノの表情が表面的な笑みを失い怒りに染まる。
「関係ないね。お前はスザクを泣かせた。許さない…」
「泣いていたのか…スザクは。俺を想って」
ルルーシュの顔はスザクへの罪悪感と彼の愛情を得ている喜びで、複雑な笑みを浮かべた。だがジノにはそれが優越の笑みに見えたのか、より表情を険しくした。
 「お前が決闘を受ければ、私はお前を殺す。受けないなら、二度とスザクに近付くな」
「フッ。俺が勝つという選択肢はないわけか。だが万が一にも俺が勝ったら、お前にはスザクのことを諦めて貰うぞ」
「わかった。だが、私に負けは有り得ない。スザクのために闘うのなら尚更だ」
言い方は気に入らなかったが、ジノの分析は正しい。ブリタニアの仕来たりに則る決闘とは、剣によるものかナイトメアによる馬上試合のいずれかだ。だがゼロとしての正体を明かせないルルーシュに、後者は有り得ない。とはいえ破滅的な運動音痴のルルーシュに、剣での決闘でナイト・オブ・スリーのジノに勝てる可能性は皆無に等しかった。
 だが、決闘を断ったことがスザクに伝われば…。今の状態のスザクでは、ルルーシュが自分を諦めたと考え心変わりしてしまうかもしれない。そしてジノの一途な愛情を受け入れてしまうことも、充分に考えられる。ギアスや策略を用いて決闘に勝利しても、スザクの疑惑を深め結果は同じだろう。決闘の条件など、所詮スザクの気持ちが伴わなければ意味をなさない。スザクの愛が自分以外に向けられることなど、ルルーシュに許せるわけがなかった。だが、決闘を受け入れてルルーシュが死ねば…。
 自らの死の予感とその結果に、戦慄と歓喜の入り混じった震えがルルーシュの全身を駆け抜ける。
 ルルーシュがスザクを諦めずにジノとの決闘で死を迎える。そうすれば、スザクはルルーシュの愛を真実のものと信じるはずだ。
 スザクはルルーシュを愛していると共に、憎んでもいる。そしてルルーシュがゼロではないかという、確信に近い疑惑を胸に抱いている。そのためにスザクはルルーシュの愛情を信じきれない。だがそのすべてのマイナス要素は、ルルーシュがスザクのために死ぬということでより深い愛情と執着へとスザクの中で昇華されるはずだ。そしてルルーシュを殺したジノを、スザクが愛せるわけがない。
 ルルーシュが死ねば、黒の騎士団は瓦解する。ナナリーのことも、今までやってきた総てが無駄になる。だが、ナナリーは自分の足で歩き始めている。そして、スザクがナナリーのことを守ってくれるはずだ。あの二人なら、黒の騎士団のことも悪いようにはしまい。
 ルルーシュは今、スザクの愛か、自分と“ゼロ”の命か、どちらかを手に入れどちらかを失う選択肢を突きつけられていると言っていい。選択肢を突き付けた張本人であるジノは、そんなことを知っている筈もないが。
 そして、ルルーシュは選んだ。
「その決闘、受けて立とう」
ルルーシュが選んだのは、スザクの愛だった。
 「その勇気だけは、認めるよ。じゃあ、明日の正午。場所はユーフェミア殿下の慰霊碑の前。立ち会いは双方一名ずつ。武器はもちろん、真剣で」
「いいだろう」
ルルーシュは了承の返事を返すと共に、決意を込めて手にしていた携帯の通話切断ボタンを押した。


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