柑橘の香りと絆創膏 (3/4)

 その日スザクの帰宅は早かった。学校が終わって真っ直ぐ戻ってきたのだろう。そう思える時間だった。スザクの部屋で仕事をしていたジノは、嬉しさの余りにスザクに飛びついた。
「おかえり、スザク!! 早かったな」
「ただいま。君が今朝何だか寂しそうだったから…」
スザクは苦笑して、抱きついたジノの背に手を回してくれた。
 今朝だけじゃない。いつだって寂しい。スザクに学校に行って欲しくない。自分の知らないスザクの世界。
 明らかに学校に行く時のスザクは、ジノの知らない何かを胸に秘めている。そんな気がしていたから、余計だ。
 ジノは今スザクが自分の腕の中に居ることを実感したくて、彼の栗色の癖毛に顔を埋める。そうすれば彼から自分の香りがして安心できる。そのはずだった。
 ジノの花を擽ったのは、爽やかなシトラスの香り。ジノは思わずスザクの体を突き放した。
「っ…ジノ? どうしたの?」
スザクが驚いて目を瞬かせている。今までは学校で他人の香りを纏って帰ってきたことはなかったのに。
 ジノは聞きたくない一方で、気になって仕方がなかった。スザクに学校で何があったのか。
「スザク」
「うん?」
ジノが明らかに動揺しているからか、スザクは優しく聞き返してくれる。穏やかな木漏れ日の瞳に見詰められ、ジノは居たたまれなくなった。
 「シたい」
ジノはそれだけ告げて、スザクを扉に押し付けた。
「うわっ!! ちょっと、ジ…んっ…んん」
背中をぶつけて痛そうに顔をしかめるスザクに、唇を押し付ける。
 性急に肌を暴いていけば、スザクは諦めたように抵抗しなくなった。困ったように眉端を下げながらも、大人しくジノにされるがままになっている。
 暴いた肌からも仄かに柑橘の匂いがして、ジノを更に煽る。口付け、抱き締め、自分の匂いに書き換えていく。爽やかで少しだけ甘いシトラスの香り。その香りが妙にスザクに馴染んでいる気がして、ジノの嫉妬をより一層掻き立てる。
 そのまま扉の前で、スザクが気を失うまで激しく犯した。


 ジノは腕の中にスザクの力ない体を受け止めて、ようやく正気を取り戻した。酷い無体を強いたのだと自覚できる。スザクの体から柑橘の匂いは消え、ムスクが香っていた。
 たかが匂い。スザクが学校で誰かと関係を持ったとも限らない。よしんば持ったとしても、ジノはそれを咎められる立場にない。ジノは自己嫌悪を感じながら、スザクの体を抱いて、ベッドに寝かせた。
 玄関に散らばったスザクの制服もハンガーにかけておいてやろうと、拾い上げる。そして見つけてしまった。学ランの上着の内側。そこに「L・L」とイニシャルが刺繍されているのを。


 「なぁ、スザク。誰なんだこいつ」
ハンガーにかけようと思っていた制服を握りしめたまま、ベッドに歩み寄る。気を失っているスザクからの返答はない。ジノは切なげに蒼天の瞳を細めて、スザクの頬を撫でた。
 その拍子、ふと襟足の間から何かが見えた気がした。気になって襟足を掻き上げると、そこには絆創膏が貼られている。朝ジノがつけた噛み痕を覆うようにして。
 カッと頭に血が昇った。貼られた絆創膏を勢いよく剥がして、既に瘡蓋になっていた元の噛み痕に重ねるように上から噛みつく。消毒液の苦さと血の味が混じって口の中に広がる。痛みにスザクが小さく呻くのが聞こえた。
 喧嘩を売られているのだとわかった。相手は自分の存在もスザクの身体に刻んだ自己主張もすべて知った上で、ジノに喧嘩を売っている。そしてジノもその喧嘩を買ったのだ。


 それからスザクは学校から帰ってくる度に、ジノが付けた噛み痕に絆創膏を貼られシトラスの香りをさせるようになった。服を剥いでみると、制服どころか下着まで取り替えられている。
 ジノは毎回スザクから取り替えられたら衣類を剥ぎ取り、自分の香りに塗り替える。そして、項の絆創膏を剥がして新たな傷を刻んだ。
 ジノの幼い対抗心を知ってか知らずか、スザクは最近激しいと少し呆れている。呆れつつも、学校が終わると真っ直ぐにジノの所に帰ってきてくれるようになった。何となくジノの不安を感じ取ってはいるのだろう。そんなスザクの鈍感な優しさこそが、シトラスの香りなんかよりも余程ジノを蝕んでいる。いつも痕を残すのを嫌う癖に、噛み痕だけは黙ってつけさせてくれるスザク。そんなスザクが、ジノにはいっそ憎らしいぐらい愛しかった。

 END


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