鹿の香りと牙の痕 (3/4)

 翌日の朝。スザクはまたムスクの香りをさせていた。目敏くというよりは鼻敏くそれに気付いたルルーシュは、一限目をサボって再びスザクを風呂に放り込んだ。昨日預かった制服もパンツもばっちり洗濯済みだ。
 「このままだと毎回一限がサボリになっちゃうよ。そんなに臭かった?」
スザクが難しい顔で首を傾げながら風呂から上がってきた。まだ湯気の立ち上る体から香るシトラスの香り。ナナリーの好きな香りだ。
「あぁ、物凄くな。いいさ。毎日入れば。勉強なら俺が見てやる」
「ルルーシュだって授業サボり過ぎだろ。まったく…」
「俺の成績は問題ない。そんなことよりお前はまた濡れたままで。風邪を引いたらどうする」
ルルーシュはさも当然の如くドライヤーを手にしてスザクを座らせる。
「僕はナナ…いや、ロロじゃないんだから。それに馬鹿は風邪を引かないんだろ?」
「違うなスザク。馬鹿は風邪を引いたことにすら気付かないんだ」
ルルーシュは目を細める。そう、スザクは馬鹿だから気付いてないのだろう。ナナリーの名前を言いそうになった時、自分がどんな顔をしていたのか。
この馬鹿がっ。
ルルーシュは心中で悪態を吐きながら、スザクの髪を些か乱暴に掻き回す。
 その拍子にふと見えた項。そこには、昨日ルルーシュが貼ってやった絆創膏はなかった。代わりに治りかけていた傷痕に重ねるように、まだ赤く血が固まりきっていない噛み痕が刻まれている。
 「スザク、お前またアーサーに噛まれたのか…」
努めて冷静に言葉を吐き出す。幸い嫉妬に歪むルルーシュの顔は、背を向けているスザクには見えない。
「あ…うん。どうして懐いてくれないんだろ…」
スザクの声色が若干ぎこちない。
「仕方ないな。また手当てしてやるから、気をつけろよ」
「うん、ごめん。ルルーシュ」
ルルーシュはドライヤーを置いて、代わりに救急箱を持ってくる。
 誰がつけたのかは、わからない。だが、とにかく不愉快なこの痕が、スザクの体から一刻も早く消え去って欲しい。そう願いながらルルーシュは薬を塗り、丁寧に絆創膏を貼った。


 朝スザクを風呂に入れて絆創膏を貼るのは、スザクが学校に顔を出す度の恒例になってしまった。学校に来る度にスザクはムスクの香りを纏い、項に真新しい噛み痕を刻まれていたからだ。
 ルルーシュは毎回それを書き換えようとするかのように、匂いを洗い流し傷を手当てした。
 表面上は綺麗にしている。だが、ルルーシュのやっていることは、結局ムスクの相手と同じことだった。自分の匂いをスザクに纏わせて、痕の代わりに絆創膏を貼る。そうすることで、ムスクの相手にスザクは自分のものだと主張している。ムスクの相手も、同じつもりで張り合ってきているのだろう。
 問題は当のスザクだ。恐らく自分の匂いに気付いていないのと同様に、そんな二人の激しい主張すら彼には認識されていないのだろう。だからこそスザクは噛み痕を付けられることも、そこに絆創膏を貼られることも拒まない。
 ルルーシュの本当の恋敵はムスクの相手などではなく、この愛しい幼馴染みの鈍感さなのだろう。恐らく件の相手にとっても。
 ルルーシュは愛しさと憎らしさの混じり合った視線をスザクに向ける。風呂上がりのスザクは、ルルーシュが貼った絆創膏に触れながらルルーシュを振り返る。鼻孔を擽るシトラスの香りとはにかむようなその笑顔。ルルーシュの眼差しからはいつの間にか憎しみが消え、愛情のみを映していた。

 END


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