鹿の香りと牙の痕 (2/4)

 スザクが風呂に入っている間に、ルルーシュはスザクの着ていたものを洗濯機に放り込んだ。どうせサイズは同じだ。自分の予備の制服を貸せばいい。他人の香水の匂いのする制服を、スザクに着せて居たくなかった。ついでに替えの下着も用意してやる。以前頻繁にスザクが泊まっていた時に置いてあったものは、すべてまだ置いてある。下着もその一部だった。
 「上がったよ。どう? 匂い取れたかな?」
スザクが俺が置いてあった下着姿で、頭にタオルを引っ掛けて出てくる。そういう無防備なところは相変わらずだ。
 「僕のパンツ、まだ置いてあったんだね」
「あぁ。歯ブラシもカップもパジャマも全部置いてある。だからいつでも泊まりに来い」
ゴムもちゃんと常備してあるとは言えなかった。
「何か、照れ臭いな…」
はにかんだスザクの栗色の髪から、水滴が落ちる。
「まったくお前は、またちゃんと乾かさないで…。ほら、座れ」
「ルルーシュも、お母さんみたいなところは相変わらずだね」
「黙れ。馬鹿息子」
ルルーシュは呆れたような口調で言いながら、ドライヤーを手にとった。


 人工の熱風に揺れるスザクの髪から、シトラスの香りがする。ルルーシュの家のシャンプーの香り。ルルーシュと同じ香り。ルルーシュはスザクの癖毛を撫でながら、そこから香る匂いに満足げに目を細めた。
ふと、襟足を捲った時だった。スザクの項に赤い傷が見えた。ルルーシュは項を捲ってそれをじっと観察する。
 噛んだような痕だった。半環状に薄く腫れ、その上に断続的に赤い瘡蓋が走っている。
「スザク、どうしたんだ…ここ」
ルルーシュが訊ねながらその傷を指先でなぞると、スザクがピクンッと首を竦めた。
「…く、擽ったいよ、ルルーシュ。ここって?」
スザクは少しぎこちない声色でルルーシュに問い返す。
「噛み痕みたいな傷があるぞ」
「え…?」
スザクは覚えがないのか眉をしかめる。だがふと顔が赤くなり、慌てたようにその場所を手のひらで押さえた。
「あ、あ…、そういえば、アーサーに噛まれたんだった。忘れてたよ。いつも噛まれてるから」
乾いた笑いがスザクの口から響く。それで誤魔化したつもりかと、ルルーシュは内心呆れていた。明らかに猫が噛んだにしては傷が大きすぎる。そしてスザクのあの反応。ルルーシュの腹の中から黒い感情がこみ上げてくる。
 「傷になったら困るから、薬を塗って絆創膏を貼っておいてやるよ」
ルルーシュが表面上は何もない様子で言えば、スザクは明らかに安堵していた。
 「ほら、できたぞ」
「ありがとう、ルルーシュ。本当にお母さんみたいだね」
スザクがどこか嬉しそうな表情でルルーシュが貼った絆創膏に触れる。その仕草が可愛らしくて、ルルーシュは腹の中の黒い情動が収まっていくのを感じた。
「まったく。手の焼ける奴だ。猫と遊ぶのも程々にしておけよ」
ルルーシュは嫌みを含めて忠告する。スザクは困ったように眉端を下げて曖昧に笑った。


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