秘やかな愛の囁き (2/3)


 藤堂と過ごす時は、互いに袴に着替えることが習慣だった。それは、同士という互いの立場へのささやかな反抗か、或いは過去への逃避か。
 スザクが上着を脱ぎ、下に着ていたシャツを脱ごうと袷に手をかけた時だった。不意に後ろに気配を感じて振り返る。いつの間にか真後ろに藤堂が立っていた。藤堂は驚くスザクの肩を掴んで、体ごと自分の方へと向かせる。そしてやんわりとスザクの手を降ろさせ、自らがスザクのシャツの釦に手を掛けた。
「私が着替えさせてあげよう」
言葉にする頃には、釦を外し始めている。
「ちょっ…藤堂先生!?」
今までになかった提案に、狼狽するスザク。それを無視して、藤堂は釦をゆっくりと外していく。布地の下からスザクの象牙色の肌が露わになっていく。藤堂の手が時折その肌を掠めると、その度にスザクはビクリと肩を震わせた。
 朱くなった頬を隠そうとしてか羞恥に耐えかねてか、俯いて視線を逸らすスザク。その仕草が余計に藤堂の雄の部分を揺さぶった。
 藤堂は色欲の淡白な方だと自認しているし、周囲の人間も同じ認識だろう。スザクだけが、そんな藤堂の隠れた欲に火をつけるのだ。
 釦を全て外しスザクの肩からシャツを落とす。露わになった上半身は細身でこそあるものの、鍛えられ引き締まった紛うことなき男の躯だ。それなのに女性のふくよかな胸元など比べものにならぬぐらいに、藤堂を魅了する。
 一方のスザクも藤堂の掌に触れられているだけで、信じられないぐらい躯が熱く昂ぶっていく。触れられたわけでもないのに胸の上で淡く色付いた二つの果実が、固く実って藤堂を誘っていた。それだけでなく既に中心が熱を持ち始めていることも、スザクは自覚している。
 だから藤堂がベルトに手をかけると、スザクは逃げるように一歩退いた。
「先生、もうこれ以上は…」
淫らな期待で満ちている自分の躯をこれ以上知られたくなくて、スザクは懇願する。だが藤堂はそれを見抜いているからこそ、スザクの願いを聞き入れる気はなかった。
「今更だろう? それとも、私に見られて困るものでもあるのか? スザク君」
恥ずかしさの限界で今にも心臓が弾けそうなスザクを、藤堂は更に追い詰めていく。
 もう幾度となく躯を重ねている。それなのに未だに恥じらいの消えないスザクを、藤堂は愛しく思う。それと同時に強い加虐心を感じてもいた。
 「スザク君、いい子だから大人しくしなさい」
諭すように言いながらも、藤堂は些か乱暴にスザクの腰を引き寄せる。バランスを崩したスザクは、藤堂の胸に倒れ込んだ。スザクは観念して、藤堂の胸に顔を埋めて大人しくなった。藤堂はベルトを引き抜きジーンズと一緒に下着を膝裏までずり下ろす。
 「よく見せなさい」
藤堂の要求にスザクは首を横に振る。寧ろ藤堂の視界から逃れるために、スザクは藤堂の背に腕を回しより一層強く抱きついた。
 藤堂はスザクに抱きつかれるのも嬉しかったが、今はそれよりも彼を虐めたい気持ちの方が強かった。抱きつかれたままに、スザクの耳元に口を寄せる。
「当たっているぞ」
耳を舐めてから意地の悪い囁きを吹き込んだ。何がとは言われなくとも、自覚のあるスザクは弾かれたように体を離す。
 離れたことで藤堂に晒されたスザクの中心。そこは、触れられることを期待して、硬く猛っている。スザクは自分のはしたなさに居たたまれなくなって、唇を噛んだ。藤堂はそれを咎めるように触れるだけの口付けを落としてから、スザクの欲塊の前に屈み込みそこにも同じように唇を落とす。そのついでに膝のところで引っ掛かっていた布地を、全て取り払った。
 「綺麗だよ、スザク君」
「そんなことありません。僕は…汚れています」
生まれたままの姿にされたスザクは、藤堂の讃辞を素直に受け入れられず、きゅっと眉を寄せて俯いている。
 スザクにとって藤堂に褒められ望まれることは、確かに嬉しい。だがそれを受け入れることで藤堂を汚している気がして、喜びと同時に強い自己嫌悪も感じてしまう。それでも藤堂に触れられることを欲して止まない浅ましい躯。スザクはそれを厭いつつも結局は自身の欲望を抑えられないことを、既に経験から学んでいた。
 「袴を着せるんだったね」
藤堂は明らかに刺激を期待しているスザク自身を一瞥して、その期待を裏切る言葉を紡いだ。それでもスザクが強請れば欲しているものを与えるのだろうが、スザクはスザクで、自分の欲を嫌って素直になりきれない。
「はい、お願いします…」
物欲しそうな表情を隠せないでいながらもそう返す。
 藤堂はスザクの頑なさに辟易するでもなく、寧ろ愉しげに口元を綻ばせ上衣を拾い上げた。こういったある種の潔癖さが、こういう場面だけでなく人生の全てにおいてスザクを苦しめている。藤堂はそれを知りつつも、そこに魅力を感じずには居られなかった。


 袴を全て身につけたスザクは、未だ収まらぬ熱に居心地悪そうに身動ぎした。下着は着けていないために、昂ぶった熱が袴の布地に擦れて余計にスザクを呵む。
「スザク君、大丈夫か?」
焦らして虐めていた張本人の藤堂だが、流石に可哀想になってきて気遣いを向ける。スザクは涙を滲ませた目で、藤堂を睨んだ。
「藤堂先生のせいじゃないですかっ。……ムッツリスケベ」
ボソリと吐き出された悪態に、藤堂は固まった。生まれてこのかた、ムッツリスケベなどと言われたことは一度もない。だが月に1度だけという制限も重なって、スザクと合った時には毎回過剰すぎる程の色欲をぶつけている自覚もあった。それ故に、俄に反論もできない。
 「スザク君が、可愛すぎるから……」
先程の鬼畜ぶりはどこへやら。すっかり若い恋人に尻に敷かれる中年男性の様相だった。その情けない褒め言葉にさえ、スザクは顔を朱くする。
「…自分は男ですから。可愛くありません」
だが素直に喜ばないのがスザクだった。それでいてやはり嬉しいのか、怒りを持続させられず落ち着きなさげに床の上で視線を彷徨わせている。その様に藤堂は愛しさを覚え唇を綻ばせた。
 不意に藤堂はスザクを引き寄せ、あぐらを掻いた自分の膝の上へと乗せる。小さい頃はよくそうして貰ったものの、今ではスザクの体の大きさが全然違う。スザクは藤堂の膝に負担にならないようにと、思わず彼の首に手を回した。
「スザク君、私が悪かった。君が…欲しいんだ…」
藤堂の低く掠れた囁きが、スザクの耳元へと吹き込まれる。スザクは一気に先程の熱が息を吹き返す感覚に、背を振るわせた。
 「いいかい?」
唇の合わさりそうな距離で問われ、スザクの我慢も限界だった。スザクは返事の代わりに、伸び上がって自分から藤堂の唇に自分の唇を重ねた。
 それは、不器用な愛の証。同じく“愛している”などとは口に出して言えぬ藤堂も、自分の気持ちが伝わるように思いを込めて、スザクに深い口付けを落とした。

 END


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