あの幸福をもう一度 (1/6)

 「ヴァインベルグ卿、ヴァインベルグ卿」
ジノを甘美な記憶の世界から、容赦なく引っ張り上げる声。それは、脳内で反芻されていたのと、同じ声だった。少なくとも同じ人物が発している筈なのに、記憶の中の声のような甘さは欠片もなく、冷たく硬質な硝子のような響きだ。呼ばれるのも、自身の名ではなく、姓。それも、堅苦しい敬称のおまけ付きだ。
 ジノは夢想から引き摺り出された恨みも込めて、不満そうな視線を声の主へと向けた。ジノの隣の椅子に腰掛けた少年、枢木スザク。ついさっきまで、ジノの脳内を占領していた人物だ。
 だが、向けられているのはジノの焦がれる微笑とは程遠い、仏頂面。深い森の色の瞳は、確かに細められているが、笑みではなく呆れに眇められているだけだ。それでも、スザクの瞳が真っ直ぐに自身に向けられているのが嬉しくて、ジノの気分は高揚する。
 「ジノだ、スザク。…どうしたんだ? お前が私に声をかけてくるなんて、珍しいな」
機嫌良く笑顔で応じれば、スザクは些か困ったように眉端を下げた。こういう表情をすると、あどけない顔がより一層幼さを増す。そんなスザクの表情に庇護欲を煽られて、ジノはスザクの頬へと手を伸ばした。
「何だよ、そんな困った顔して。悩みだったら聞いてやるし、力になるぞ」
 頬に触れる手を叩き落とされるかと思いきや、彼は控えめに押し退けようとするのみだった。いつもと違う反応に、ジノの胸中がざわめく。
 弱々しい力に逆らって触れたままで居れば、掌に包まれた頬にうっすらと朱が滲む。困惑を増した表情で、視線を彷徨わせるスザク。その様には、庇護欲を通り越して加虐心を煽られそうだ。
 「いえ…自分ではなくて……ヴァルトシュタイン卿が……」
スザクが気拙そうに流した視線の先には、怒気を露わにした、ビスマルクが居た。彼だけではない。円卓を囲む騎士達の視線が、呆れや怒りに装飾されて、ジノに突き刺さる。
 ジノは漸く今が会議の真っ最中であることを思い出した。


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