神の愛、人の愛 2 (1/4)

 その日、ジノは執務室で退屈そうに羽ペンを動かしていた。時折誰も座っていない斜め前の執務机を見ては、大きな溜息をつく。そこに彼が座っていれば、きっと苦笑して疲れているのかと気遣ってくれただろう。もっとも、彼が居ればジノは溜息などつかなかったろうが。
 「スザク〜ぅ」
ジノは精悍な外見とは似合わぬ子供っぽい口調で彼の名を呼んだ。折角スザクの副官として同じ執務室を共有しているのに、スザクとここで揃って仕事をする時間はそう多くない。スザクはシュナイゼルの唯一の騎士であるため、何かとシュナイゼルに召し出されているのが常だ。その分のスザクの仕事は、事務面をジノが、隊を纏める役割を副隊長のカレンがフォローしている。ジノはもちろん、カレンを含む隊の殆どがシュナイゼル殿下に自身の護衛専門の騎士を増やして欲しいと思っているが、当の殿下はその要求を頑として受け入れなかった。
 神聖ブリタニア帝国第二皇子、シュナイゼル・エル・ブリタニア。数多居る皇子達の中で、最も王位に近いと言われている男。帝国宰相の座を与えられ、その知略は内政から外交、侵略まで、ありとあらゆる面で皇帝の信頼を得ている。そんな人物がなぜスザク一人を直属の騎士としているのか、ジノには到底理解できない。実際皇族の殆どが、幾人もの騎士を有している。それはシュナイゼルの安全面だけでなく、スザクの負担を考えても必要な措置のはずだった。
 「そうすれば、もっとスザクは私の側に居られるのに…」
結局のところ、ジノの本音はそれだ。幼い頃から、仕事とわかっていながらもシュナイゼルにスザクを取られたような心持ちがどうしても消し去れない。
 ジノは再び溜息をついて、今度は手にした羽ペンを眺めた。大鷲の羽を使ったそれは、スザクが幼い頃ジノにプレゼントしてくれたものだ。もう何年も使っているが、未だに毛の乱れ一つない。
 「ジノ、サボり……」
どれくらいボーッと羽ペンを眺めていたのだろうか。不意に聞こえた耳に慣れた声に顔を上げれば、執務机ごしに真紅の瞳がジノを冷ややかに覗き込んでおり。
「アーニャ…。だって、スザクがまたシュナイゼル殿下のとこ行ってるんだぜ?」
アーニャの顔を一瞥して、ジノは机に突っ伏して愚痴を零す。
「それも、スザクの仕事」
「わかってるけどー。私だってそのぐらいわかってるけどー……」
アーニャはジノには取り合ってくれず、ジノの前に一枚の書類を差し出した。
「これ、アスプルンド伯爵に頼まれた」
ジノはやる気のなさを隠そうともせず、アーニャの手から書類を受け取って目を通す。
「アーニャ、訓練で怪我人出したのか?」
書類の内容は、アーニャが訓練中に相手に怪我をさせ、その治療に関して錬金術を使用していいか許可を求めてきているものだった。
「今、カレンが材料を手配中。あとはスザクの許可だけ」
 錬金術は便利な技術ではあるが、現在勢力を増しつつある教会の影響から、現在は使用を大きく制限されている。そのため、部隊の指揮官であるスザクのサインが入った書類が必要だった。
 「わかった。じゃあ、私がスザクを探してサインを貰って来てやるよ!!」
ジノは勢いよく立ち上がった。その瞳は明らかに先程までとは違い、輝いている。怪我人には悪いが、スザクの元に押しかけられる口実ができたことが有り難かった。書類を見たところ、急を要するわけでもなさそうだ。単に普通に治療すれば完治に時間がかかるというだけのこと。更に言えば、軍医であるロイドの趣味のためという要素も多分に含んでの措置だろう。
 それならば、スザクが戻ってきてからでもいいはずだ。だが、ジノはそんなことは無視してスザクを探しに駆け出した。
 「不謹慎……」
あまりに嬉しそうに駆けだして行ったジノに、見送ったアーニャはボソリと呟いた。だが、その唇が柔らかに綻んでいたことは、誰も知らない。


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