神の愛、人の愛 1 (1/4)

 ジノは朝日が瞼の内に染み込んでくる感触を感じながら、夢から浮上した。すると自らの手に温かな感触を感じる。ぼやける視界をそちらへと転じると、ぎゅっと握られる自身の手。その先を見上げれば柔らかな木漏れ日の瞳が自身を見つめていた。
「ス…ザク…?」
「おはよう、ジノ」
掠れた声で告げると、スザクが穏やかに返してくれる。どうしてという問いを込めて、スザクが握りしめている自身の手を見つめるとスザクが眉端を下げた。
「君が泣いてたから。怖い夢でも見た?」
スザクは空いた方の手で、ジノの目尻に光る水雫を指先に掬い取る。ジノは慌てて目を拭った。17にもなって夢を見て泣くとは。恥ずかしくて真っ赤になるジノの頭を、そっとスザクの手が撫でる。
「大丈夫だよ。君達は僕が必ず守るから」
それは、出会ったあの時からスザクがずっと自分たちに言い続けてきた言葉。その言葉の通りに、スザクはジノとアーニャを守り育ててくれた。母親としての愛情をあの乳母に受けたジノに、父親としての愛情を与えてくれたのはスザクだ。それと同時にあの時亡くなった乳母の代わりに、母親としての愛情すら注いでくれている。それはもう神の愛に近い。だが、ジノはもうスザクを天使だとは思っていなかった。それに、与えるばかりの神の愛はもう充分だとも思う。
 「私だってもう大人なんだ。スザクに守って貰ってばかりじゃない」
ジノは思わずスザクを抱きしめる。スザクからは微かに花の香りがした。スザクはジノの背中に手を回すとぽんぽんと背中を叩いてくれる。もうジノの方が背だって高いし、体格も顔立ちだって男らしい。それなのにスザクのその仕草は、ジノが幼く小さな子供の頃となんら変わらなかった。
「いいんだよ、大人になったって君は僕の大事な息子なんだから。それに、夢を見て泣くようじゃ、まだまだ子供だよ」
ふふっとスザクがジノの胸の中で笑う。
 「スザクだって……」
「ん?」
ジノは言いかけた言葉を呑み込み、代わりにスザクを抱きしめる腕に一層力を込めた。いつだっただろう、スザクが眠りながら静かに涙を流すのを見たのは。そして、スザクの唇が頼りなげに一人の女性の名を呼ぶのを聞いた。その夜初めてジノはスザクを天使でも父親でもない存在として、認識してしまった。守りたいと思う気持ちと、ほんの少しの嫉妬。それを知ってしまった。
 「ジノ、痛いよ。今日は随分甘えん坊だね」
8年の月日を経て、ジノはこんなに大きくなったのに、スザクはまったく変わらないと言ってよかった。相変わらずのあどけない顔と、細く引き締まった体。天使のような白い騎士服。日本人の年齢は解りにくいというが、本当に時間が止まっているんじゃないかと思う程、スザクは何も変わらない。痛いと言いながらも、ジノを甘やかして抱きしめてくれるところも。
 「スザクの馬鹿、鈍感」
ジノはいつまでも息子としてしか自分を見てくれないスザクに、恨みを込めてそう呟いてから腕を放した。
「父親に向かって馬鹿とは何だい、馬鹿とは。昔は父さん父さんって可愛かったのに……。図体は僕より大きくなるし、いつの間にか父さんって呼んでくれなくなったし……」
ぶつぶつと不満そうに言いながらも、スザクの顔は笑っている。
「ま、ジノはジノだから、いいけどね」
ぽんっとスザクに頭を撫でられて幸せな気分で胸が満たされるジノは、それと同時に自分は結局スザクには敵わないのだと思い知らされた。


 「二人とも、遅い」
スザクと共に朝食に降りると、食卓に一人座ったアーニャが不機嫌そうに呟いた。
「ごめん、アーニャ。ジノがなかなか起きてくれなくて」
スザクがすぐに用意するからと、既に出来上がっている朝食をお皿に盛り始める。手伝いに立ち上がるアーニャとは入れ替わりで、ジノは椅子に座った。
 きっとスザクは気付いていないのだろう。ジノが父親としてより、もっと別の関係で食事を作って欲しいことに。いつもと変わらず朝食を用意するあの後ろ姿。そのきゅっと小振りな尻に、ジノが欲情してしまうことも。
 そしてスザクの隣に立つ少女が、少なからずジノと同じ想いを抱えていることも…。


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