神の愛、人の愛 0 (1/2)

 私は夢を見ていた。幼い頃、私が初めて神を信じた日の夢を。


 私は貴族の4男として生まれた。生活は裕福だったが、両親には4男ということで何も期待されず、何も望まれなかった。生まれてすぐ別邸に預けられた幼い私は、冠婚葬祭ぐらいでしか両親の顔を見ることはなく育った。代わりに使用人達が育ててくれたが、幼い私の心には両親に愛されたい望まれたいという想いが陰鬱と積もっていった。
 だが、その望を叶える間もなく両親は死んだ。そして、兄達が後継者争いを始めた。私も勝手に後ろ盾を名乗る母方の親族の一人に、後継者候補として担ぎ上げていたらしい。その年ほんの10歳になる私には知る由もない。知ったところでどうにもできなかっただろうが。その自称後ろ盾は呆気なく後継者争いに敗れ、後継者となった長男は私を殺すように命じた。
 このまま幼い命を散らす運命だった私を救ってくれたのが、私の乳母だった。彼女は自分の娘と一緒に私を連れて逃げてくれたのだ。私がどれだけ求めても与えられなかった母の愛情を彼女がずっと与えてくれていたことに、その時初めて気付いた。私は今でも彼女を母だと思っている。
 だが、お金の持ち合わせも殆どなかった使用人の女が、幼い子供二人を連れてそう上手く逃げられるわけもなかった。それでも彼女は私達を守ろうと、追ってからひたすら逃げた。私より二つ下の娘を背中に背負い、私の手を引いて走った。私は足が疲れて痛いのを通り越して感覚もなくなっていたけれど、彼女の手の温かさを感じていたから頑張れた。
 それは、ペンドラゴン郊外の森に逃げ込んでいた時だった。この森を抜ければ帝都に着く。そうすれば、仕事を見つけて三人で暮らそうと、彼女は暗い森の中で明るく私に語ってくれていた。時折遠くから人の声が聞こえ、馬の馬蹄がどんどん近くなってくる。その音が幼いながらに怖かった。彼女の娘も不安そうに背中にしがみついていた。そんな子供達を励ますように彼女は明るい話ばかりしていたが、不意に座り込んで娘を地面に下ろした。
 「母さん、ちょっと疲れちゃった」
彼女は娘にそう言って笑い、ぎゅっと抱きしめた。娘が母の疲れを案じるように、抱きしめられながら彼女の顔をじっと見つめていた。その娘の頬に涙の雫がいくつも落ちていく。彼女がこちらを向いた。私は女性の泣き顔を初めて見た。
「ジノ様。私はここで少し休んで行きますから、娘を連れて先に行ってください。この道を真っ直ぐです。迷わないように、絶対に振り返らずに真っ直ぐ歩くんですよ」
「ママ…私も」
「駄目よ、アーニャ。貴方は疲れてないでしょ? ずっと私に負んぶされてたんだから。ジノ様も男の子だから、大丈夫ですよね?」
彼女が普段の通り明るく笑っているのに、私は何故か足が震えた。彼女がしゃがみ込んで私の肩に手を置いた。
「ジノ様、アーニャを…よろしくお願いします」
嫌だと言いたかった。一緒に居ると。でも、言えなかった。彼女のその眼が、声が、言わせなかった。私は何とか頷いた。彼女は優しげに笑って、私と娘の両頬に一つずつキスを落としてから、私達を送り出した。笑顔で。

 私は少女の手を引いて歩く。振り返らなかった。私も、娘も。ただ、ひたすらに歩いた。
 一度聞こえなくなった人の声のざわめきや馬蹄の音が、暫くするとまた聞こえ始めた。少しずつ近づいてくる。私達は走った。走って、走って、木ノ根に躓いて転ぶたびにお互いを助け起こしながら、走った。でも無駄だった。
 馬蹄の音がどんどん近くなって、とうとう私は振り返ってしまった。振り返った先には、絶望があった。
 馬に乗って剣を下げた男達。私は少女を背中に庇う。先程乳母が名前を呼ぶまで、名前も知らなかった少女だ。でも、私の妹だと私は思っていた。守らなければいけないと。男達はそんな私を嘲笑った。そして、大きな革袋を私達の前に放り投げた。ドサッと重い音がして私達の前に転がった、薄汚れた革袋。その開いた口から、桃色の髪が覗いていた。私の後ろに居る少女と同じ色の髪。
 ヒュッと息を呑む音が聞こえたのは、私のものだったのか、少女のものだったのか。
 私は心の中で神に祈った。寝る前に毎日唱えたお祈りの言葉。本当は意味もよくわからなかったけれど。ただいつも、両親に会いたいと、好かれたいと祈っていた。願いは叶わなかったけれど、私には他に何もできなかったから。
 薄闇に光る刃が私に向かって振り下ろされる。

その時、神は私の声をお聞き給うた。

 視界に広がったのは、白。耳に届いたのは、金属がぶつかる高らかな音。
 私は天使が舞い降りたのだと、そう思った。
 私に届くはずだった死を弾き返したその人は、軽やかに舞った。馬に乗っている男達が、次々と地面に落ちていく。まるで、羽が生えているかのようだった。やがて、男達のほとんどが物言わぬ骸になり、僅かに残った者達が去ってき、その人がこちらを振り返る。
 「大丈夫…じゃないよね。ごめん。怖かったよね…」
そう言って私達を見つめたのは、澄んだエメラルド。でも、どこか泣きそうに見える程、その瞳は悲しみに満ちていた。そして、黙って僕たちを抱きしめてくれた。温かな胸だった。
 最初に泣き出したのは、少女。それに吊られるように私も涙が溢れて、気が付いたら声を上げて泣いていた。彼はただ黙って、私達を抱きしめてくれていた。


 to be continued


[*prev]  [next#]
[目次へ] [しおりを挟む]

  

「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -