あの幸福をもう一度 (3/6)


 空席だった円卓の第7席が埋まるという噂は、本当に急にジノの元に届いた。何の前触れもなく、皇帝陛下の気紛れのように決定された人事。続いて耳に入ってきたのは、その席を埋める人物についての風聞。
 枢木スザク。イレブンの名誉ブリタニア人で、旧日本国最後の首相の息子。虐殺皇女こと故ユーフェミア・リ・ブリタニアの騎士だった少年。ほんの数ヶ月前には一等兵に過ぎなかったのが、准尉、少佐と、戦死者でもできない異例の昇進を遂げ、ついにはナイトオブラウンズの一員となった。
 客観的な事実だけ集めても、充分に如何わしい、曰く付きの少年だ。それに加えて、悪意のある噂が宮廷内を飛び交っていた。


 そして数日後、ジノが実際に目にした枢木スザクは、そんな陰湿な噂とは結びつかない容貌だった。
 癖の強い木肌色の髪と、象牙色の肌をしたエキゾチックな異国の少年。印象的な深い翡翠の瞳が、強い意志を宿して真っ直ぐに前を見据えていた。線が細くて幼い顔立ちでありながら、獰猛な獣の印象を与えるのは、その眼差しのせいだろう。
 ジノなどと比べると、身長が低く細身で、一見頼りない。だが、無駄なくついた筋肉でしなやかに引き締まった体躯は、決して貧弱ではなかった。豹やピューマといった、比較的小型の猫科の肉食獣を思わせる。
 「枢木スザクです」
短く名前を告げた声は、容貌に相応しく柔らかであどけない。それなのに、無理に声を低くし無愛想に紡ぎ出すものだから、どこかちぐはぐで、可笑しかった。
 それが、スザクを最初に見たときのジノの印象。
 確かに、興味を引かれてはいた。その纏う雰囲気に、容貌に。だが、ジノの好意を決定づけたのは、その対面から一週間後に行われたKMFの馬上試合だった。
 新人のスザクがその実力をお披露目するための、最初の晴れ舞台とも言える場。その相手をジノが務めることになったのだ。
 スザクの戦い方は、真面目で大人しそうな外見とは裏腹に、非常に激しかった。ジノも攻撃力と機動力を生かした戦いをするタイプだが、そのジノが守勢に回らざるを得ない程、スザクは攻撃的だった。寧ろ、守りを殆ど顧みないと言える。軽やかに舞うようにKMFを操るスザクは、ジノが最初に受けた印象の通り、猫科の肉食獣そのもの。それでいて、モニター越しに見える翡翠は、凪いだ泉のように静かだった。
 ジノは喜悦とも戦慄とも知れぬ震えが、全身を駆け抜けるのを感じた。この獰猛な獣を地に叩き落として、組み敷きたい。涼しげな瞳が燃えるのを見てみたい。その欲望のままに、スザクと剣を合わせる。
 拮抗した戦いはどのくらい繰り広げられたのか。何時間のようにも思え、一瞬だったような気もする攻防。
 本当はお互いに、勝負を決する機会はあった。だが、ジノはこの時間を終わらせたくなくてそれを見送った。スザクの方がどうして手を抜いたのかは、ジノにはわからない。自分と同じ理由であればいいと思うが、少なくともそうではない気がした。
 結局、明確な決着のつかなかったその試合は、スザクの判定勝ちということになった。


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