あの幸福をもう一度 (2/6)


 会議が終了した後、たっぷり1時間もビスマルクに説教されたジノだが、その間すらスザクが頭から離れなかった。
 ビスマルクは、元来長々と説教をするような質ではない。それが、これだけの時間を説教に割いたのだから、ジノも自分の重症さを思い知った。だからとて、ジノ本人にもどうしようもない。まるで、悪い病にでも冒されているようだった。
 ジノが説教を終えて会議室を出ると、アーニャが扉の前で待っていた。自分よりかなり低い位置に、淡いピンクの頭を見つけて、視線を合わすように屈む。アーニャの瞳は無感動にジノを見上げてきた。
 「ジノ…今日、おかしい」
簡素な言葉に、感情を感じさせない表情。だが、彼女なりに心配してくれているのだろう。でなければ、1時間も扉の前で待ってはいまい。
 ジノは感謝と謝罪の意を込めて、小さなピンクの頭を優しく撫でた。アーニャは軽く鼻を鳴らして、その手を逃れ歩き出す。言葉足らずな彼女だったが、付いて来いという意図が解る程度には、ジノは彼女を理解していた。


 ラウンズ専用の休憩室で、ジノはアーニャと並んでそれぞれ一人がけのソファに座る。アーニャが促すまでもなく、ジノは喜々としてスザクが自分の名を呼んでくれたことと、その時の様子を語った。それはもう、詳細に。説明というより、惚気だ。そして、その光景が頭から離れないのだと打ち明ける。
 大体の事情を呑み込んだらしいアーニャは、疑わしげにジノを見つめた。
「それ、ジノの単なる妄想だと思う」
あっさりと、至福の瞬間を否定される。それも、携帯を弄りながら。彼女にとって、ジノの話の真偽は、一考の余地すらないと言わんばかりだ。
 「違うっ!! 確かにスザクは私の名前を呼んだんだっ!!」
思わず大人げなく声を荒げたジノとは対照的に、アーニャは冷静だ。
「だって、スザク、さっきはジノのこと…名前で呼んでなかった」
「それは…会議中だったからだって。きっと、プライベートでは呼んでくれるんだっ。ほら、さっきだって俺の手を叩き落とさなかっただろ?」
「それこそ、会議中だったから」
ジノは口にする言葉程、スザクとの関係を楽観視しているわけではなかった。だからこそ、アーニャの的確な指摘が胸に突き刺さる。
 「でも、今日だって私がぼーっとしているのを気にして、声をかけて……」
「あれは、誰が呼んでもジノが気が付かなかったから。スザクなら反応するんじゃないかって、私が頼んだ」
最後の足掻きすら、言い終わるまでもなく一刀両断されてしまった。ジノは頭からすっと血が抜けていくような感覚を覚えて、項垂れる。
 「……どうして、そんなにスザクがいいの?」
失意のどん底に落ちそうなジノの気を逸らすように、アーニャが問いかけた。彼女は別にジノを傷付けたいわけではないのだろう。正直なだけで。
 ジノは気持ちを落ち着かせるために、大きく深呼吸してから、記憶をほんの二週間と少し前に遡らせた。


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