神の愛、人の愛 1 (3/4)


 ジノが宮殿に出仕した頃には、訓練所に多くの騎士達が集まって準備に取りかかっていた。1年に一度の騎士の選考会。毎年多くの腕に覚えのある若者が挑戦するが、騎士に選ばれるのは僅か数人。酷い時には誰も選ばれないことすらある。
 2年前にジノもこの厳しい試験に挑み騎士となった。それはスザクと同じ場所でスザクを守りたいと願ったからだ。そして2年の間に、シュナイゼルの騎士たるスザクの副官の地位まで登り詰めた。それは決して易しい道ではなかったが、スザクの側に居れるというだけで、ジノにとってはどんな厳しいことでも充実して感じられた。
 今日は、アーニャがこの選考会に挑むことになっている。スザクに黙って申し込みをし、今朝いきなり打ち明けたものだからスザクは酷く取り乱していた。そんなスザクが心配で、ジノは多くの騎士達が往来するその場所で眼を凝らしスザクの姿を探す。
 すると部下を連れてシュナイゼルと打ち合わせをしているスザクの姿が目に入った。鮮やかなロイヤルブルーの外套が春風に翻って揺れている。
 皇族の騎士の中でも特に腕の立つ者12人にしか与えられないこの外套は、全て同じデザインだが色は受け取る者に合わせて選ばれる。スザクにこの色を宛てがったシュナイゼルがどういう意図を持って選んだのかは、ジノにはわからない。だが、蒼穹の外套は空翔ける天使の如きスザクによく似合っているとジノは思う。
 暫く待ってシュナイゼルと離れたのを見計らい、ジノはスザクに後ろから飛びついた。
「スーザクッ」
「重いよ…ジノ」
そう言いながらも、スザクはジノを振り払ったりはしない。だが、スザクの隣に居た少女が、気の強そうな青い瞳でジノを睨み付けてくる。
「ちょっと、アンタ。スザクの副官なら、もっと早く来なさいよっ!!」
「おはようございます、カレンさん。私の代わり、ありがとうございました」
ジノがスザクに後ろから抱きついたまま、にこやかな笑みを向けると、彼女の表情は益々険しくなった。
「ったく、これだからブリタニア人は……」
そう言って、赤い髪を無造作に掻く男らしい彼女は、ブリタニア人と日本人のハーフだ。
 カレン・シュタットフェルト。と、呼ぶと彼女は怒る。元々はシュタットフェルト家のご当主が、日本人の使用人に作らせた子が彼女だ。だが、使用人の子となれば風当たりは強く、結局母と兄と三人で母の故郷である日本へと逃れたらしい。そのため、彼女は母方の姓である紅月を名乗っている。日本で枢木家に武官として使えていた彼女だが、スザクがブリタニアに士官するに当たって、彼の部下として、大嫌いなブリタニアに戻ってきてしまったのだ。
 「じゃあ、私は現場の指揮があるから。スザクの手伝いはアンタに任せたわよ」
カレンは、手にしていたクリップボードをジノに押し付けて、男らしく颯爽とした足取りで会場を設営中の訓練場へと向かった。すぐに、彼女のハキハキとした指示が飛ぶのが、聞こえてくる。
 ジノはクリップボードを捲った。そこには、今年の騎士志願者の中で、シュナイゼルの旗下に配属を希望する者のリストが挟まれている。その中には、アーニャの名前もあった。
「なぁ、スザク…アーニャのこと、許してやってくれよ…」
ジノはクリップボードへと視線を向けたまま、何気ない調子で語りかける。それに対し、スザクの空気は急に重くなった。
「アーニャの言うとおり、彼女の将来は彼女が決めるべきものだ。僕が口を出すことじゃない……でも…彼女には…君たちには……平和で幸せな人生を送って欲しいと思ってるんだ」
スザクの絞り出すような声に、ジノは胸が痛くなる。きっと、自分の時もこんな想いをさせたのだろうと思うと、なおさらだ。
 それでも、ジノもアーニャも退けなかった。スザクが危険に身を晒しているのだ。それなら、自分たちだって側でスザクを守りたい。いつまでも、守られるままの存在で居たくない。自分たちの幸せを守るために、戦いたかった。
「それも、シュナイゼル殿下の旗下なんて…。殿下の部隊は最近前線に赴くことが増えているのに。同じ騎士でも、もっと安全な場所があるじゃないかっ」
それはアーニャも知っているだろう。スザクとジノがここ最近、よく遠征で家を空けているからだ。
 スザクはシュナイゼルの唯一の騎士だ。それと同時にシュナイゼル旗下の部隊の指揮官も務めている。シュナイゼルに騎士を増やすよう進言する声もあったが、シュナイゼルにはそのつもりがないらしい。そのため、シュナイゼルの部隊に出撃命令が出た場合、シュナイゼルが出向くかどうかに関わらず、スザクは必ず部隊の指揮官として戦場に出る。スザクの副官を務めるジノもそれは同様で、アーニャはよく一人家で待つことを拗ねていた。
 ジノは黙ってスザクを抱きしめた。ジノはアーニャの気持ちもよくわかるが、スザクの気持ちも本当はわかっているのだ。ジノとて、本当はスザクに騎士を辞めてもっと安全な場所に居て欲しいと思っているのだから。それゆえに何も言えなかった。
「…時々君達を閉じこめてしまえたらと思うよ。駄目だね。こんなのは親の考えることじゃない」
スザクは溜息をついてジノを見上げた。
「私も……」
ジノがスザクを抱きしめる腕に一層力を込めながらぽつりと呟いた。
「私も、スザクを閉じこめたいと思ってる。多分、アーニャも」
「そっか。僕たち似たもの親子なんだね…」
スザクが柔らかく様相を崩す。
「あぁ。私もアーニャもスザクに似て強いから、大丈夫だ」
「こんなことになるなら、君達に剣なんか教えなければ、よかったよ…」
「教えてくれなくても、多分私達は自分で覚えて、きっとここに来ていた。だって、スザクが居るんだから」
ジノの確信を込めた言葉に、スザクは肩を竦める。
「つまり、子供っていうのは、どうあっても親の思い通りにはいかないってことか。さて、それじゃあ、アーニャを落としに行かないと…」
スザクが冗談めかして笑いながら、ジノの腕からするりと抜け出した。ジノはシュンとして眉端を下げたが、すぐに彼の後に続く。
「アーニャもとんだコネを持ったものだ」
可笑しげに笑いつつも、ジノは知っていた。スザクは自分の子供達を贔屓してくれたりはしない。寧ろ他の人間よりも厳しい目で見ている。だが決して不当な評価をしたりはしないことを。

 そして、アーニャは無事選考会で実力を示し、希望通りシュナイゼルの部隊に配属された。

あぁ、あの羽をもいでしまえたらいいのに。

互いにそう思いながら、私達は共に空を羽ばたく。

 to be continued


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