大事なモノは心の中に (2/3)

 「殺風景な部屋だな…」
スザクが台所で調理している間、ヴァインベルグ卿は落ちつきなくスザクの部屋を見学していた。だが、最低限の生活用品と僅かな私物しかない部屋だ。すぐに見る場所もなくなって、退屈そうに椅子の上で長い足をブラブラさせ始める。
 そもそも敗戦後小さなリュック一つで家を出て、少し前に特派に移るまでは名誉ブリタニア人用の狭い共同宿舎に居たのだ。私物などそうあろうはずもない。貴族のお坊ちゃんには想像できようはずもなかろうが。
 スザクは皮肉な気分になりながら、味噌汁に入れる葱を刻む。
 ヴァインベルグ卿は足の長さを主張することにも飽きたのか、調理スペースに立つスザクの手元を後ろから覗き込んできた。
「スザクが料理が出来るなんて、思いもしなかった」
「まぁ、一応一通りは。ですが、イレブン料理なのでお口に合わないかもしれませんよ?」
スザクが何気なく言った一言に、ヴァインベルグ卿の声が険を孕む。
「日本料理だろ!! どうして、スザクはそう卑屈になるんだよ」
「別に卑屈になっているわけではありません。事実として、日本という国はもうないんです」
スザクは冷静に告げたつもりだったが、僅かに声が震えてしまった。
 日本はもうない。日本を取り戻そうとしてくれた、あの優しい少女も彼女の暖かな笑顔も。もう、この地上のどこにも在りはしないのだ。
 どちらの不在がより哀しいのか。自分の心が解らないままに、ただ心だけが痛みに悲鳴を上げた。それでも、葱を切る手を止めはしなかった。包丁がまな板を規則正しく叩く音が響く。まるで、自分の心が切り刻まれていくような気がした。
 不意に、手を止める。それは別に自分が止めたかったからじゃない。後ろから抱きしめてきた手が邪魔で、止めざるを得なかっただけだ。強い力で加減無く抱きしめられて、少し痛かった。
「違うぞ、スザク!!」
耳元で声が響く。その声が震えていた。まるで泣いているような声だったが、彼が泣くような理由に心当たりはない。振り返って確かめれば済む話だが、確かめたくなかったからスザクはそのまま動かなかった。
 「日本は、スザクの生まれて育った国なんだろう? 地図の上になくたって、ちゃんとスザクの心の中に在る筈だ。だから、そんな悲しいこと言うなよっ。どうして、大事なものを自分から否定するんだ…」
聞こえてくる声は、スザクが押し殺した感情を代わりに体現しているかのように悲痛なものだった。その声が、背中から伝わる温もりが、そして首筋に落ちてくる雫の感触が、スザクの心の中に波紋を広げていく。
 「……和食って言うんだ。日本料理のこと」
ポツリと告げた言葉。料理を続けようと包丁を持つ手を動かそうとするが、抱きしめる腕により一層力が込められたようで、動かなかった。暑苦しいし、痛い。なのに、嫌じゃなかった。不思議と、振り払おうとは思わなかった。
 日本は、ユフィは……僕の心の中に…
 包丁は相変わらず葱を刻めないまま。代わりに、降り注ぐ雫がまな板に落ちて、微かな音を奏でていた。

 END


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