あの幸福をもう一度 (5/6)


 休暇の申請は急だったが、特に任務があったわけではない。それが幸いし、近日提出の書類を全て休暇の日までに出し切るという条件で、ジノはベアトリスを押し切った。
 スザクと過ごす休暇という人参を目の前に吊り下げられ、ジノは馬車馬の如く全力で書類を片付けた。
 そして件の休暇を迎え、ジノはスザクの部屋の前に居る。せっかく勝ち取ったこの特別な休暇。1分1秒でも無駄にしたくはなくて、まだ日も出ていないうちから起き出し、ここに来てしまった。そのため、到着したのが6時07分。いくら真面目なスザクでも、休暇の日にこんな時間に起きているわけがない。そう気付いて、既に30分立ち尽くして、只今時刻が6時37分。
 やはり、出直そうかと踵を返したところで、自分より頭一つ分ほど小さな人影にぶつかりそうになり、足を止める。目線を落とすと、その先には、まだ部屋で眠っていると思いこんでいた人物が、立っていた。
 「スザク!!」
「…おはようございます。ヴァインベルグ卿」
声に喜色を滲ましたジノに比べ、スザクの声は事務的で冷たい。表情も口を一文字に引き結んだ相変わらずの仏頂面だ。
 だが服装はいつもとは違っている。見慣れないその姿に、ジノは思わずマジマジとスザクの全身を眺めてしまった。
 上半身を覆う部分は、一見白いローブのようだ。しかし腰から下はスカートのようなプリーツの入った、濃紺のゆったりとしたズボン。その裾の広がった風変わりな形のズボンから見える足先は、親指と人差し指の間の割れた白い靴下と藁製のサンダルに包まれている。
 特にジノの目を引いたのは無防備に開いた襟元だ。白い布地の間から覗く首筋から鎖骨にかけてのラインが妙に艶めかしく見えて、ジノは息を呑んだ。
 「どうかされましたか?」
スザクの声に、ジノは食い入るように見つめていた視線を慌てて引き離した。訝しげに向けられた翠の瞳が、ジノの後ろめたさをより一層煽る。
 「えぇっと、…その格好はスザクのルームウェアか何かなのか?」
劣情を誤魔化すように上擦った声で尋ねる。幸いスザクは語調のぎこちなさには気付かなかったらしく、特に追及はされなかった。
「こんな格好で失礼しました。これは、日っぽ…いえ、エリア11の伝統装束で、袴といいます。トレーニングの時には、これが一番落ち着くので」
言われて、スザクから微かに石鹸の匂いが香っているのに気付く。トレーニングを終えてシャワーを浴びてきたのだろう。だったら、その時に着替えてくればいいのに。いくら早朝とはいえ、こんな格好でそこら中を歩き回るなんて無防備だと、ジノは我ながら理不尽な怒りをどうにか口に出さずに収めた。言ったからといって、彼が理解するとは思えない。
 それに、今はもっと言ってやりたいことがあった。
「日本のトレーニングウェアなんだな」
殊更に語調を強めて、スザクがわざわざ言い直した言葉を元の言葉に訂正する。
「ありがとうございます」
スザクは僅かに驚いた表情を見せてから、ふっと表情を緩めた。
 あぁ、こんな表情もするんだな…。笑み…と言える程のものではなかったが、確かに気を緩めたのが判断できる表情。だが、いつもの仏頂面ではないというだけでもジノにとっては酷く嬉しいことだ。
 「ヴァインベルグ卿は、こんな時間にどうされたんですか?」
表情は柔らかくとも、自身に向けられた堅苦しい呼称。それが、彼が自分との間に築いた壁のようにジノには感じられた。だが、そんなものは壊してしまえばいい。そう決意を込めて、用件を切り出す。
 「スザクは今日休暇なんだろう? 私も偶然休暇なんだ。だから、一緒に過ごさないか。ほら、ペンドラゴンも案内してやれるし」
「折角ですが、自分は…」
「何か予定でもあるのか?」
「掃除と洗濯と部屋の片付けと…それから買い物に行って、アーサーと遊んで。あぁ、勉強もしないと。それが終わったら、もう一度トレーニングを……」
すらすらと述べ立てられた本日の予定に、ジノは脱力した。スザクらしいと言えばらしいが、それは明らかに“暇”と言うべきだ。
「全部キャンセルだ!! スザクは今日は私と過ごすこと。先輩命令っ」
そんなに“暇”でも自分は断られようとしているのかと思うと、ジノは思わず自棄になって殆ど駄々を捏ねる口調で命じた。
 もちろん、例えラウンズでの席次が上だろうが、歴が長かろうが、正当な理由なく休暇を束縛できるような権限はない。だが、スザクは諦め半分の様子ではあったが頷いてくれた。
「わかりました、ヴァインベルグ卿。どこへなりとも、お伴致します」
その返事を聞いた時、ジノは天に昇ったような心地だった。
 この神からの贈り物のような一日で、必ずあの時のようなスザクの笑顔を手に入れてみせる。ジノは、心の中で目の前の連れない同僚に宣戦布告した。

END


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