/ / /

Chapter6-4

セブルスとこの屋敷で出会ってから、早いものですでに数ヶ月が経っていた。

もともと死喰い人たちが集まる日にわたしが外を出歩かないのもあり、あれから一度もセブルスには会っていない。
『あなたに何がわかる』と、彼が押し殺すように言った言葉は悲鳴のようにも聞こえた。セブルスを許さないまま、もしかしたらリリーはジェームズと結婚したのかもしれない。

マグルの街で、不思議な力を持っているのは二人だけ――その状況がまるで、わたしとトムに重なるようで、わたしはセブルスの悲哀に想いを馳せた。
彼は、リリーじゃないとだめだった。けれど、リリーは彼を選ばなかった。

彼の気持ちを思うと切なさが増すようで、窓の縁にしなだれかかりながら外を見下ろす。

すでに夏は終わってしまった。季節はもう秋だ。

冷たい、肌を刺すような風はずいぶん前から吹き始めていて、屋敷を囲むようにして並んでいる木々はほとんど葉を落としてしまっている。一つ二つと残った葉も、風に吹かれて心もとない。

もしかしたら、今日あたり季節外れだけれど雪が降るのかもしれない。そういえば、トムと一緒にホグズミードに行った日も、雪が降っていた。それから、彼と一緒にあの家で暮らしていた時は、二人で雪を眺めた。わたしが無理やり連れ出したのもあるけど、トムもなんだかんだ言って鼻の先を赤くしながらわたしに雪の塊を投げつけてきたのだ。

懐かしい、そんな幸せだった思い出ばかりが思い起こされて、わたしは目を細めた。

セブルス、あなたの幸せを見つけてね、と彼の黒い瞳を見つめながら言ってあげたかった。

すると、わたしの部屋がノックもないままに開いた。誰の仕業かは分かっている。

「ノックするって昔約束したでしょう」

「あの家での決まりごとだろう」

トムは特に断ることなく隣に座り、わたしの膝に手を置いた。
もう慣れたものなのでたしなめることすらせず、わたしも彼の手に自分の手を重ねた。

「もう話し合いは終わったの?…もっとも、あなたの場合話し合いというより通達ね」

「ああ。ただ調べていたことがわかっただけだ」

彼らの集まりは、ただトムが指示を下すだけなのだ。忠実な友、だなんてトムは言ってみせるけれど、どこからどう見たって王様と家来たちだ。
アブラクサスは数年前に亡くなったらしく、トムがしばらく前に思い出したように言っていた。そして同時に、ルシウスが死喰い人になったことも。

受け入れたくない事実ばかりが増えていく。けれど、それは仕方のないことなのかもしれなかった。

「今日はこれから出かける。大人しくしていろ」

「わたしがどこにもいかないことはわかっているでしょう。あなたがいないときに外に出たらあなたの”お友達”が駆けつけてくるのは目に見えてるもの」

トムはそれに答えることなく、喉の奥で笑った。そしてわたしの首元に顔をすり寄せて、軽くキスを落とす。

「おみやげは何をくれるの?わたし、久しぶりにハニーデュークスのお菓子が食べたいわ」

「”あの人”がホグズミードに現れた、と日刊予言者新聞の一面を飾ってもいいならば、店中のものをすべてここに用意しよう」

「…いらないわ。食べる気が失せるようなこと言わないで」

彼がそんな冗談を言うのも珍しかった。何かいいことでもあったの?と問いかけても、トムは答えないままだ。

「出かけてくる。くれぐれも外に出るな」

彼はそう言い残して、部屋を出て行った。
いよいよ退屈になってしまった。屋敷しもべ妖精に相手をしてもらおうか、それともトムのおどろおどろしい蔵書の中からまだマシそうなものを選ぼうか、と考えていたそのときだった。

唐突に、激しい勢いでわたしの部屋のドアがノックされる。それはほとんどノックと言うより、こぶしで叩いているかのようだ。

確実に、トムではない。わたしは硬直してしまって、ドアから目を離せないままに背中を壁に押し付けた。

すると、しばらくしてそのノックしていた相手も気が落ち着いてきたのか音が止み、押し殺した声が聞こえてきた。

「先生、セブルス・スネイプです、いらっしゃるんでしょう。どうか開けてください」

それは懇願にも似た響きを持っていた。わたしは慌ててドアに駆け寄り、勢いよく開けた。するとセブルスは呆然とそこに立っていた。苦悶の表情を浮かべながら。

そのままわたしの部屋の前に立っていたら誰がどこで見ているかもわからないため入るように促すと、来た時の勢いとは裏腹に彼は重たい足取りで中に足を踏み入れた。座るように行っても、彼はまるで耳に入らないように立ったままだ。
仕方なくわたしが腰を下ろすと、セブルスは突然わたしの前に膝をついた。

「先生、お願いです。助けてください、殺されてしまう…」

わたしはその言葉に目を見開いた。殺されてしまうですって?思わずそんな素っ頓狂な声が出てしまった。

「私の、私のせいで、リリーが殺されてしまう」

彼はもうほとんどすがるような掠れた声で声で囁いた。

「リリー?どうしてリリーなの」

てっきり、セブルスが何か失態を犯してトムの怒りを買ったものだと思っていたわたしは、突然出て来た懐かしい名前にすぐさま聞き返した。
セブルスは体を震わせながら、同じように囁く。

「私が報告した予言に当てはまるのが、リリーと…リリーと、ポッターの息子だったのです。もう一人当てはまる子どもがいたのですが、闇の帝王はリリーだと、」

そうおっしゃる、と続けたときには、すでに力尽きたようにほとんど聞こえなかった。

リリーとジェームズの息子?

わたしはほとんど放心状態になって、焦点の合わない瞳を揺らしていた。リリーと、ジェームズの息子?結婚した事実すら知らなかったというのに、わたしが名付けたジェームズと、その家族がその命を狙われているだなんて。

他でもない、トムに。

めまいがする。なんてことだ。どうすればいいのか、何もわからない。
セブルスがその場にうずくまってしまったのにも構わず、わたしは両手で顔を覆った。

わたしがなんと言おうが、トムはジェームズたちを殺してしまうだろう。なんのためらいもなく。

わたしは「ああ、ああ…」と小さな声が自然と漏れてしまうのも止められず、何か手立てを探そうと―それは、当然のように何もないのがわかっていたけれど―周りを見回した。

部屋の中にわたしの助けになるものはない。あるはずがなかった。わたしはこの部屋で、ただ息をするだけの存在だったからだ。

その時、雪が降り始めた。
まだ降るのには少し早いのに、大粒の牡丹雪が窓の外に舞っている。
わたしは不意に、トムと初めてホグズミードに行った時のことを思い出した。あの時、わたしはアブラクサスの姿をしていて、トムはわたしがいつもの調子で話すたびに笑いをこらえていて――。

瞬間的に、わたしの頭に一つのことが浮かんだ。

「セブルス、わたしたちホグワーツに行かなきゃ」

かわいそうに、幼子のようにうずくまって震えていたセブルスは、青ざめた顔をパッとあげた。

「助けてあげるわ、セブルス。あなたを助けてあげる。もう大丈夫よ、すべて」

わたしはセブルスの髪を撫でると、来ていたワンピースの上に羽織るローブを取り、久しぶりに出すブーツを履いた。
セブルスはそんなわたしの様子を理解できないといった様子で見つめているだけだ。

「セブルス、わたしをホグワーツに連れて行って。そして、ダンブルドアにもすべて話すのよ」

わたしは彼の黒いフードを彼にかぶせ、彼が懐にもっていた仮面をつけさせる。これで、彼が死喰い人なのは一目でわかるけれど、彼が誰なのかは紛れてわからないだろう。
わたし一人では、トムに言いつけられた誰かが止めに入るだろうけれど、わたしに誰かが付いていれば、それはトムの命令だと思うだろう。けれど、それがセブルスと露見してはいけなかった。万が一にでも、彼を危険にさらしたくはなかった。

セブルスは何もわかっていないようだったけれど、何も言わずわたしに伴って玄関まで歩いた。案の定誰にも咎められることなく外に出られたわたしは、そのまま彼の腕に手を添えて姿現しをした。

ホグワーツの敷地の外に着いたわたしは性急に門を開けた。実を言うと、時間がたっぷりあるわけではない。先ほどごまかせたのはあくまでトムがいないからだ。トムが帰って来たら、わたしがいないことに気づいて誰も彼の怒りを止められなくなるだろう。それくらいは、もうわかっている。

ホグワーツはわたしたちを弾き出しはしなかった。もしかしたらまだ、わたしのことをホグワーツの一員だと認識してくれているのかもしれない。
足早に城への道を歩いていると、わたしたちの前に道を塞ぐようにして立つ人がいた。

「おやおや。誰かが入ってきたと知らせがあったのじゃが、まさかきみとは思わなんだ」

まるで、昨日別れたばかりのような調子で、ダンブルドアがそう言った。

「死喰い人を連れて、何の用だね。ナマエ」

死喰い人と言う時は棘があったけれど、わたしのことを警戒してはいないようだった。杖も持たず、その手はゆるやかに背中で組まれていた。

「ダンブルドア、どうか、彼の話を聞いてください」

わたしはそう言うと、杖を振ってセブルスの仮面を煙のように取り払った。ダンブルドアは少し意外だったように眉を軽くあげると、「着いてきなさい」と言ってわたしたちの前を歩いた。

城の中に生徒たちの姿はなかった。授業中なのか、廊下は静まり返っている。

校長室の前まで着くと、ガーゴイルはもはや、何も唱えなくても横にぴょんと跳ねた。もしかしたら、ダンブルドアは何も唱えることなく中に入れるのかもしれない。

「さあ、聞かせておくれ」

セブルスはわたしの隣でうなだれていたけれど、堰を切ったように話し始めた。ダンブルドアはそんな彼の話を黙って聞いていたけれど、話終わったセブルスと一言二言、言葉を交わした。

「セブルスが望んでいることはわかった。しかしナマエ、きみはなぜここにきたのじゃ」

ダンブルドアはいつものきらきらとした瞳ではなく、刺すような雰囲気をまとっていた。わたしを責めているわけではないようだけれど、彼は本当にわたしがなぜここにわざわざ出向いたのかわからないようだ。

「アルバス、すべてお話します。その前に、セブルス。わたし、あなたに作ってもらわなければいけない薬があるの。時間がないわ」

わたしは彼に薬の名前を告げた。彼はなぜ、と言ったけれど、わたしがそれを答えないのを悟ったのか、足早に校長室を出て行った。きっと、地下の魔法薬学の教室に行くつもりなのだ。

「ナマエ、何故きみが」

ダンブルドアは、なんとなく全てを悟ったようだった。どこか涙ぐんでいるような、そんな瞳でわたしを見つめている。

「アルバス、わたしがここにきたのは他でもなく、あなたにお願いがあるからです。聞いていただけますか?」

ダンブルドアは、それをするより他ないと行った様子で、しばらくの時間を置いた後頷いた。同時に、フォークスが美しい羽を広げて小さく優しい鳴き声をあげる。

しばらく、わたしの声だけが校長室に響いていた。わたしは思いの外冷静だった。最後までつかえることなく、ダンブルドアに伝えることができた。

「ナマエ、私は、私の持ちうるすべての力を使って彼らを護ろう」

「ええ。トムが、ジェームズたちの家に近づくことすらないことを祈っています。だから、これはただの保険なの」

わたしはそう言ってくすりと笑ってみせた。最後に笑ったのがとうの昔に思えるほど、わたしにとってそれは何故か難しいことだった。

「ナマエ、私はきみを、娘以外の何者とも思ったことはないのじゃ」

出会ったときから、きみは勇敢で、皆の心を捉えて離さぬ女の子じゃったよ。

そう続けたアルバスは、泣いているかのような、笑っているかのような、そんな不思議な表情をたたえながらわたしを見つめた。

「しかし、私は今、きみのその勇敢さが憎くさえある」

アルバスはついに、その綺麗な瞳から一筋涙をこぼした。それを見たわたしも思わず、こらえきれずにはらはらと涙を流してしまう。

「わたしたち、まだ決まったわけでもないのに」

二人で笑いながら泣いている姿は、誰かが見たら奇妙に思うだろう。そう考えて、また笑いがこぼれてしまう。
そうしているうちに、時間が経っていた。そろそろ帰らなければならない。

わたしは、作り終えたらわたしに届けてねとセブルスに伝えてください、そして、できれば彼をここの教師の一人に。と言いながら立ち上がった。
ダンブルドアも同じく立ち上がり、見送ってくれるつもりなのかわたしの横に並ぶ。

「もし使う機会がなかったら、折を見てわたしから彼にこれを返しておいてもいいですか?」

わたしがローブの中にある包みを服の上からぽんと叩くと、ダンブルドアは深く頷いた。

「もちろんじゃ。きみに会えたら彼がどれだけよろこぶことか、私にも想像がつかんよ」

ダンブルドアは小さくウインクして、わたしが姿現しをするまで見つめていた。


わたしが無事に屋敷に戻り、自分の部屋に入るのと同時に、トムが帰ってきたようだ。ぱちんと軽い音が窓の外で聞こえ、わたしが窓を覗き込むとちょうどトムもわたしの部屋を見上げていた。

よかった、と胸を撫で下ろしつつ、わたしは窓を開けて、彼に聞こえるように目一杯叫んだ。

「そういえば、あなたと初めてここにきた時に言ったわね、ロミオとジュリエットみたいに迎えに来て欲しかったって!」

今ならまるっきり一緒じゃない!ああ、ロミオ!と、わたしがふざけて言うと、トムは呆れたようにため息をつきながらも、同じようにして声を上げた。

「そこから飛べ!」

彼の突然の言葉に一瞬眉をひそめたものの、後に気づくとわたしははしたないとは分かっていながら窓枠に足をかけて、思い切り後ろに蹴った。
雪が降っているとは言えど、まだあまり積もっていないため、この高さから飛んだら普通はくしゃくしゃになってしまうだろう。

けれど、トムはわたしに杖を向けゆっくりと落ちるように呪文を唱えた。
そして、わたしが地面に降り立つのを抱きとめてくれる。

「ローブやブーツなんか履いて、準備が良すぎるんじゃないのか」

わたしの格好を見て咎めるように言うトムの頬を、思い切りつまんでやる。トムはわたしを抱き上げているから抵抗すらできない。

「どこかの誰かさんはいつも迎えに来てくれないのね。わたしを呼び寄せてばっかり!」

トムはわたしが答える気がないと悟ったのかまたため息を一つついて、わたしを抱き上げたまま歩き始めた。彼が歩くたびに振動が伝わるので、わたしは思わず下ろして!と叫ぶ。

「部屋で大人しくするということを覚えたら下ろしてやる」

彼はそう言って屋敷の入口へと、わたしを下ろさないままに足を踏み入れた。
わたしはトムの体にしがみつくようにして抱きしめながら、ひとつだけ願い事をする。

ずっとこのままでいられますように、ただそれだけを。


だってあの言葉は燃えてしまった

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -