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Chapter6-1

ユーフェミアの「あっという間」という言葉を、私がもう一度実感する時がきた。

明日にはもう、ジェームズたちは卒業してこのホグワーツを去ってしまう。

今まで生徒たちが卒業するのを見送るたびに彼らの未来が何もかもうまくいくように願い、寂しさを感じていたけれど、幼い頃から見守った子たちが大人への第一歩を踏み出すと思うと格別な思いがした。

先ほど私の部屋を訪ねてきたジェームズは「僕のプロムの相手はもちろんリリーだよ」と聞いてもいないのに言っていた。ジェームズは長年の片思いを果たし、ついにリリーは彼を受け入れたのだ。
最初の頃は彼女がまるで幼い頃のわたしのような勇敢さを持ってジェームズの悪い癖を責めているのをよく見たけれど、最近はもう彼女のジェームズを見る目にも照れや熱っぽさというある種の恋慕のような色が浮かんでいることを、見守っているだけのわたしですら気づくほどだった。

一方、セブルスはどうだろう。彼はリリーへの謝罪を何度もしていたようだけれど、結局リリーが彼を許すことはなかった。
ジェームズがばかげたいじめをやめ、日を追うごとにその太陽のような明るい性格で光に満ちた未来を描くのとは対照的に、セブルスは常に昏い闇を背負っているように見える。

そんなセブルスが気がかりで、折を見て何度か一緒に散歩したり部屋に誘ってみたりしたけれど、彼にとってリリーと決別するということは人生における大きな損失と同じことのようだ。
きっと彼にとっての希望が、リリーという一人の人間だったのだろう。

彼の家庭環境や今の様子を考えると、ジェームズを祝福するとの同じくらいセブルスへの心配が大きかった。

しかし卒業の学年になるとセブルスにばかり構っているわけにもいかなくなり、わたしは彼が気になりながらも生徒たちの進路の相談や試験への質問を受けていた。
ルシウスが在学していた時には彼にセブルスの様子を見るよう頼んでいたけれど、すでにルシウスが卒業してから数年の月日が経っている。

そうこうしているうちに卒業の前日になってしまい、時の流れの速さを実感することになったのだ。

セブルスは彼自身の人生をきちんと生きることを選べたのだろうか?わたしはそれだけが気がかりで、ベッドに入っても眠れなかった。

すると、わたしの部屋の窓ガラスがコツコツと音を立てた。今日は風の穏やかな日だから、そのせいではないだろう。

わたしは不思議に思ってベッドから体を起こすと窓へと近づいた。
そうして窓を覗くと、わたしはハッと唇に手をやった。

「バーナード…?」

そこにいたのは、真っ白な毛をした、バーナードにそっくりな―いや、バーナードそのもののフクロウだった。わたしと別れた時よりは少し大きくなっているようだけれど、この子はバーナードにちがいない。

わたしが慌てて窓を開けると、バーナードは中へと入るとぱたぱたと部屋の中を一周した。そうしてわたしの腕に飛び乗り、柔らかく震えるような声で一声鳴いた。

「バーナード、あなたなのね」

その声があまりに懐かしいのでわたしはバーナードに頬ずりした。彼もそれに応えるように甘えるような声で鳴き、わたしの気がすむまでおとなしくそこにとどまった。

バーナードの足には包みが括られていた。バーナードへの懐かしさで思考が飛んでいたけれど、バーナードが運んでくるというのはつまり、彼を遣わしたのは彼以外考えられないのだった。

その包みをバーナードの足からほどくとき、わたしの指先は震えていた。恐れでも、緊張でもなく、それは自分自身でも名前のつけられない感情によるものだった。

ベッドに腰掛けて包みを膝に置く。
包みはその見た目に反して少し重さがあり、手紙だけというわけではないようだ。

彼と離れてから、短いとはとても言えない時間が経った。彼と過ごした時間より、離れている時間の方がすでに多くなってしまっている。
けれど、わたしの中で彼―トムが消えたことは一度もなかった。トムは、間違いなくわたしの人生に深く根を下ろしているのだ。

ノーバードはわたしの枕元にある小さな窓の格子に降りて、わたしを見守っていた。
心臓が、まるでわたしのものではないかのような感覚になる。こみ上げるさまざまな感情に耐えきれないようだった。

そんな中で、わたしはそっと包みを開いた。

中には、空間魔法がかけてあるのか見た目にはわからないほどの大きさの箱と、一輪のバラが添えてあった。
バラを手に取ると、今まで包みに入っていたとは思えないほどいきいきと咲いている。

そのバラからは、トムの懐かしい魔力が感じられて、心臓を鷲掴みにされたような気がした。

わたしは呼び寄せた細いガラスの花瓶にバラをさしてベッドの横に置いてある木のテーブルにのせると、ゆっくり箱を開いた。

「これは…」

わたしが思わずそう呟いてしまうほど、それは思い出深い品だった。トムがわたしに贈った銀色の美しいドレスだ。あの時の輝かしい思い出がよみがえり、わたしは思わず涙ぐみそうになる。
何もかも過去のものになってしまったのに、彼との思い出が一つも色あせていないことをこのドレス一枚で、トムに思い知らされた気分だった。

我慢できずに涙が一筋こぼれ、ドレスに落ちてしまう。
慌てて拭き取ろうとすると、そこにはいつの間にか手紙が現れていた。

「まあ、わたしが泣かなきゃ手紙を読ませないつもりだったの?」

わたしは思わずくすりと笑ってしまい、その丁寧に封蝋でとじられた手紙を開いた。

ナマエと素っ気なく書き始められたその手紙は、まるで長い別れがなかったことのように―ホグワーツ時代に、彼が必要の部屋へ誘うために手紙をよこした時のように―簡潔だった。

―“時は満ちた。きみが望むのであれば、バラが枯れた頃に迎えに行こう。そのドレスを着て天文台で待っているように。もしきみが望まないというなら、そのバラを永遠に咲かせ続けるといい”

彼にしては珍しく、Noの選択肢を与えている。昔は何も言わずに連れ去ったくせに、と小さくひとりごちて、わたしはその手紙を抱きしめた。

この年月で、トムは何もかも変わってしまった。いや、あんなに近くにいたというのに、わたしが知らなかっただけなのかもしれない。彼のすべてを。彼の抱えたものを。

しかし、彼の流れるような、少し神経質にも感じられる筆跡は変わることなく、わたしの知っているままだ。

「あなたのせいで余計ねむれそうにないわ」

わたしはバラを置いたテーブルに備え付けられた小さな引き出しに手紙を丁寧にしまうと、もう一度ベッドに体を滑り込ませた。




明くる日、わたしは卒業式という晴れの日には少しばかりふさわしくないような―いや、もしかしたらこれが、正しい”迎え方”なのかもしれない―睡眠不足に少々頭を抱えながらも、彼らの門出に立ち会った。

そうして、わたしが卒業した時と同じように、プロムの時間がやってきた。
わたしたちの時よりはいくぶんカジュアルにはなってきているものの、ドレスローブを着て正装するのには変わりない。

わたしは生徒たちと同じように正装する教職員の例に漏れず、自分のプロム以来の、あの銀色のドレスを着て出席した。

するとリリーをエスコートしたジェームズがダンスの合間にわざわざわたしのところに来て、素早く手を取ってキスしながら言った。

「そのドレス初めて見たよ!とても似合ってる。ナマエのために作られたみたいだ」

「あなたの目の前に今日のプロムのMVPがいるっていうのに、わたしのことが見えてたなんて感激だわ」

わたしがそう言い返してリリーにも微笑みかけると、ドレスアップしたことで美しさが際立っているリリーはくすくすと笑ってジェームズと同じようにわたしの手にキスを落とした。

なんてお似合いの二人だろう。わたしと部屋で約束を交わして以来、すっかりセブルスへの嫌がらせをやめ、悪ふざけも落ち着いてきたジェームズは、今や欠点が見つからないような好青年になった。
リリーも元々の正義感の強さや聡明さに磨きがかかっている。
その二人だけで世界が完結しているようなぴったりあった二人に、行く道が輝かしいものになるようにと祈りを込める。

魔法使いにとって祈りは、ほとんど呪文のようなものだ。
だからわたしは、プロムで見かけた生徒一人一人がよい道を進めるようにと祈った。

しかし、わたしが探している生徒は、どこにも見当たらなかった。

セブルスだ。

彼は、結局プロムに参加しなかったようで、ホグワーツ特急にまで見送りに行ったけれど、ついぞ彼の姿を最後に一目見ることは叶わなかった。

わたしは会えなかったことに落胆したけれど、守護霊を呼び出して「セブルスに卒業おめでとうと伝えるように」と言いつけた。
これでせめて一言だけは伝わるに違いない。

窓から身を乗り出してわたしに手を振るジェームズが乗った汽車が見えなくなるまで手を振ると、わたしはホグワーツに戻った。

そこには、彼も卒業生の乗ったホグワーツ特急を見送りに来たのか、ホグワーツの城の入り口にダンブルドアが立っていた。

「懐かしいドレスじゃな、ナマエ。まるで、あの日に戻ったようじゃ」

「あの時に戻れるなら、どんなことをしてでも戻りたいものです。…アルバス、お話が」

「聞こう。私の部屋でいいかね?」

ダンブルドアの言葉に頷くと、彼はわたしの横に並んで校長室までの道を歩いた。
わたしはダンブルドアに何と伝えようか、ずっとその間に考えていたけれど、もしかしたらそんなことも彼にはお見通しなのかもしれない。

「マーズ・バー」

ダンブルドアが合言葉を唱えると、いつもの通りガーゴイルがぴょんと横に跳ねた。

「お入り」

そう促されて部屋に入ると、いつもと変わらない―中の調度品や置いてあるものは、ころころ変わっているけれど―ダンブルドアらしい校長室が広がっている。

「ナマエ、きみの話を聞かせておくれ」

ゆったりと、おだやかにそう言うダンブルドアの眼鏡の奥の目は、優しく細められている。
わたしは自分の決断が正しいのか、いまだに悩んでいた。

言い澱むわたしに、ダンブルドアは急かすことなく「ゆっくりとな、ナマエ。そう、何もかもゆっくりとじゃ」と言いながら、いい香りのする紅茶を淹れてくれる。

ダンブルドアはいつもわたしに言っていた。わたしの”望んだ通り”にすればよい、と。わたしの決断が正しくても、また、間違っていたとしても、自分の望んだことに従うのがわたしにとっての最善なのかもしれない。

「トムから、手紙が届きました。わたしはトムのもとに帰ろうと思います」

勝手に飛び出して来て、勝手に彼のもとへ帰るわがままをどうかお許しください。

そう言ったわたしに、ダンブルドアはしばらく何かを考えているかのように、自分の手のひらを見つめていた。
この校長室に沈黙が流れるのはわたしにとって苦痛ではなかったけれど、彼に「それは間違っている」と言われたら、わたしは自分の決断をひるがえしてしまうかもしれない。それがただ不安だった。

「何度も話した通り、今やヴォルデモートと名乗ってこの世界を闇に落とそうとしているのが、トムなのじゃ。
そのふところに飛び込むということが、どれほどきみにとって険しい道になるか、それはわかっておるじゃろうな」

きみのような優しく強い魂を持っている人間にとっては、一番つらい場所になるのじゃよ。

そう、引き止めるというよりは、覚悟があるのか、と確認しているようなダンブルドアの言葉に、わたしはしばらく唇を引き結んだあと、小さく、しかしはっきりと頷いた。

ダンブルドアはそれを見届けると、先ほどまでの緊張を解き、わたしにいつものようにパイを勧めながらいった。

「きみが望むようにすればよい。きみがきみ自身を忘れぬ限り、決してきみの魂は穢れはせぬのじゃ」

わたしはその言葉にハッとした。

ダンブルドアは、わたしがしたことに気づいているの?

しかし、思わず今まで一度も肌身離さず持っていたトムのロケットを服の上から握り込んだわたしに対しダンブルドアは柔らかく微笑み、パイの最後の一切れを口に運んだ。

「優秀な闇の魔術に対する防衛術の先生を失うのは惜しいの。次の先生は、ナマエのあとだと苦労するじゃろう」

茶目っ気たっぷりにいうダンブルドアは、いつものように上手なウインクをよこしてくる。
それがもう、当分―いや、きっと永い時間―見られないかと思うと、さみしさやかなしみで目が潤みそうになる。
ダンブルドアはそんなわたしに気づいているのか、頬に手を添えて父親のように撫でてくれる。

そうしているうちに、ダンブルドアの不死鳥がわたしとの別れを知っているかのようにわたしの肩に飛び乗ると、耳元で優しい柔らかな鳴き声をあげた。


夢の隙間を埋めるように

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