「はい、今から十分間でそれ覚えて。よーい、スタート」
「え、ちょ、ちょっと待って 」

普段家では洋食が多いのだけれど、名前さんの作る和食をご馳走になり煮物にハマりそうになった。正直言って名前さんの作る料理は母さんよりも美味いんじゃないかと思う。少なくともクラスの女子に作ってと言ったところで無理だろう。そういった感想を述べれば、名前さんはカラカラと笑って「作ってる年数も回数もキャリアが違う」と言っていた。

夕食後、先に済ませていた柳さん達に言われるがままに風呂に入り、さっぱりした、ゲームやりたいなあ、などと考えながらリビングに戻る。すると、そこでは教科書とノートを広げて待ち構えている二人がいて、今晩この家に来た本来の理由を思い出した。

「全問正解してね」
「無理!」
「大丈夫だ、赤也。お前の出来る範囲の量にしてある」

テスト前の三日間、金曜日から日曜日まで柳家への宿泊という名の勉強合宿が決まったのは今日だ。テニス部の部長が冬休みに補習で部活出れなかったら困るでしょう、と言われてはやらないわけにはいかない。

「あら、本当に満点」
「赤也が十分で暗記出来る確率はやや低かったのだがな。やる気があるようで何よりだ」
「ご褒美にあとでケーキ食べようね」
「それ俺がお土産で持ってきたやつ…」
「とびきり美味しい紅茶用意するわ」

英単語の小テストをなんとかクリアし、次に出されたのは英訳プリント。私はテニスをする。という一文から三十問が並んでいる。いや、最初のはいくら俺でも出来るから。

「俺のこと馬鹿にしすぎっしょ!」
「馬鹿だからこうして家に呼んでるんでしょ。分からないところあったら遠慮なく聞いて。それ終わったらケーキが待ってるわよ」

最初のは簡単でしょう?と聞かれて頷き、苦手意識の強い英訳に向かう。あいぷれいてにす…呟きながら書き込んでいると、向かい側に座っている名前がクスクス笑う。気が散る!と言うと、ごめんねと謝られるがその顔すら笑っている。

「なんなんスか!」
「やー、弟が出来たみたいで嬉しくて」
「名前、揶揄うのは止めておけ」
「やだ、揶揄ってるわけじゃないの、本当に切原が可愛くて」

ごめんね、もう笑わないから続けて。その言葉にじろりと不貞腐れた視線を送りながらもプリントに戻る。あいぷれいどてにす。あいあむぷれいんぐてにす。…ええと、なんだっけ。問十になって分からなくなり、本を読む柳さんを呼ぶ。

「そこは使役でだな、」
「しえき」
「そう。ひとつ前の問題では答えが、こうなったのだろう?それをこの問題では…」

中学の頃から思っていたけれど、柳さんと名前さんが1番教えるのが上手い。学年首席だから、ではなくて、嫌いな英語教師よりも、他の教師よりも上手い。俺は頭が良くないから、様々な頭の良い人たちに勉強を教わる立場だ。
だからこそ、分かる。この人たちは特別頭が良い人たち。

「あっ、じゃあ、このhaveは使役?」
「そうだな」

するりと俺のレベルまで下りてきて、言葉を噛み砕いて教えてくれる。頭の良い人は、頭の良い人の目線で教えてくるから、馬鹿な俺には難しいことが多々あるのだが、この二人はきちんと俺に合わせた言葉を選んでくれる。

「本当に頭が良ければね、自分が理解していることを簡単な言葉に置き換えて教えることが出来るんだろう」

これは、まだ幸村部長、と俺が呼んでいた頃に言われた。その事に凄く納得した記憶がある。柳さんと名前さんは本当に頭が良い人なんだろうな。

「出来た!」
「ああ、全て合っているな」

答え合わせで丸をつける柳さんの背中に、頭を預けて音楽を聴いている名前さんは時々口ずさみながら目を閉じている。聴いたことない曲ばっか。何の曲っスか、と柳さんに問うとイギリスの最近有名になってきた歌手の曲らしい。洋楽とかスゲェ。

「名前」
「終わったの…おっ、満点じゃない!よく出来たねー」

ヘッドホンを外して解答を覗いた名前さんはくしゃくしゃに俺の頭を撫でる。丸井さんや仁王さんがやるみたいに人をおちょくる様なやり方とは違うが、乱雑に撫で回された。

「休憩にしようか」

マグカップ三つとティーポット、氷を張ったガラスの器にホイップクリーム、小さなココットにはジャムやチョコレート、蜂蜜がそれぞれ盛られている。

「柳さんたちは、余裕なのかもしれないけど、テスト勉強はいいんスか。テスト直前三日間を丸々俺に使っちゃって」
「んー、テスト勉強って特にしてないのよ、いつも」
「今まではテスト期間は生徒会の仕事やら部活の会計まとめなどをしていたのだが、引退して引き継いでしまった今回は時間を持て余していてな」

マグカップは事前に温めてあるのか、じんわりと手のひらから伝わる熱は睡魔となり俺を襲った。ジャムを入れて掻き混ぜながら紅茶をいれていく。上にホイップクリームを乗せれば、甘い香りが充満して、程よく頭を使った俺は更に睡眠を欲求し出す。

冷蔵庫から取り出したケーキと身体の芯から温めるような紅茶の温度差が心地良い。この心地良さはこの人達に似ている。柳さんと名前さんに。

「切原、眠い?」
「ちょっと」
「今日は無理せず寝て良いぞ。勉強する時間は明日も明後日もある。寝るなら寝室へ行け」
「もうちょい起きてたい、です」

もう勉強はしたくないけど。まだこのあったかい場にいたい。段々と開かなくなってきた瞼をどうにか持ち上げようとするけれど上手く出来なくて。テーブルにおでこをつけて体重を預ければ、このまま眠れそうだ。

「赤也、」
「いいよ、蓮二。切原、立てる?」
「んん、や、」
「私と蓮二さ、実はもう眠いんだよね。一緒に寝ようよ」
「柳さんも、寝るんスか」
「うん、ね、ベッド大きいの知ってるでしょう?三人で寝よう」

さんにんで。上手く言葉にならない音で聞き返し、立ち上がって名前さんと柳さんに掴まって歩いたところで俺の記憶はぷっつり。

翌朝起きると、名前さんと柳さんに挟まれるようにしてベッドに寝ていた。高校生にもなって思うことじゃないのかもしれないけれど、両隣に二人がいることにひどく安心した。

勿論、月曜日からのテストは二人のおかげで赤点は全て回避したのだった。

「またおいで、今度は普通に遊びにでも」

俺はその言葉に甘えて、過去最高点の英語の解答用紙と一緒に、柳家のインターホンを鳴らした。

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