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「#幼馴染」のBL小説を読む
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文字だって声帯が欲しい


目が覚めたらベッドの上だった。蝶の髪飾りを2つつけた女の子がちょうど近くにいて、「目が覚めましたか」 と淡々と薬の説明やらをされた。


なんでここに、というのが最初の疑問ではあったが、そんなことは頭が冴えた時勝手に思い出した。

鬼と戦っていたのだ。おそらくあれは下弦の鬼だった。一対一ならまだ勝てたかもしれない。でも、たくさんの人質をとられていた。みんなを守りながらなんとか頑張って頑張って、それでも駄目だった。ではなぜ、自分は生きているんだろう。


「天方さん、あなたに用があると。水柱の冨岡様です」
「……」


そんな疑問が今日解決した。目を見開いてはくはくと金魚のように口を痙攣させた私の表情は随分と間抜けだったと思う。そうだ思い出した。朦朧とした意識の中で、この羽織と、この癖のある黒髪を見た。


「まず、無事で何よりだ」
「は、はい」


声、初めて聞いた。ちゃんと気持ちが込められていることは辛うじて分かるが、かなり棒読みだ。


「だが、自分が死ねば元も子もない。俺が来なければお前が命懸けで守ってきた人質も皆死んでいた」
「……はい」
「判断を誤るな。お前がするべきだったのは人質を数人犠牲にしてでも他の人々を守ることだった。」


今冷静に考えてみれば分かる。確かにそうだった。助かる人間がいないよりはいた方が絶対に良い。私は自分の実力を分かっていなかったのだ。人質を死なせずに鬼を倒せるほどの力が無かった自分が悪いのだし、それを知っておくべきだった。


「……」
「だが、もう終わったことを四の五の言っても意味が無い。結果的に俺が来たから持ちこたえてくれたお前のおかげで人質は皆無事だ」
「……へ?」
「?」
「……え、いや、あの……みんな、生きてたんですか?」
「ああ」


てっきり人質の安否をはじめに言ってくれなかったから、何人か死んでしまったのだと勝手に思ってしまっていた。生きているのなら良かった、それが1番良い。


良いのだけれども、


「……」


このまま黙ったままで居られるのはさすがに気まずい。元々口数が少ないのは大きな任務の後柱合会議に召喚されたときに知っていたけど、ほぼ初対面の上司に気軽に話しかけられる程私は社交的ではない。


「……あ、あのう、もう御用がないのなら、帰って頂いても大丈夫ですけど」
「ある」
「そ、そうですか……」


なら早く言ってくれないか。そう思ってもなにか事情があるのかは分からないが冨岡さんは一度返事をしたきりまた何も喋ってくれない。時間が経つにつれやけにそわそわしてきた冨岡さんを不思議に思っていたとき、聞き覚えのある綺麗な声が私を呼んだ。この声は胡蝶さんの声だ。


「天方さん、あなたの鴉が何が持ち帰ってきたみたいですよ。ごめんなさいね、さっきまで気が付かなくて」

「え、ああ……大丈夫です」


はたはたと他の鴉よりはいささか小さい羽音を立てて、包帯の巻かれた私の腕にひょいと乗る。その口には綺麗な小さい箱に括られた麻紐がくわえられている。

「オ前ガ助ケタ奴カラ届イタ! セイゼイ幸セヲ噛ミ締メテオケ!」
「あ、うん、ありがとう」


乱暴な言葉使いに苦笑いをしながら、麻紐と包装紙を外して箱を開ける。すると、かなり上等な包み紙に包まれたお饅頭が二つ入っていた。少し中を漁ると、箱の端の方にに小さな紙が2つ折りになっているのを見つけて、折り目を開いて中を見ると、そこには丁寧な字で感謝の文が綴られていた。



“鬼狩り様へ
先日は私たちを鬼から救ってくださって誠にありがとうございます。ささやかな御礼ですが、どうぞ受け取ってください。”



「……、」

「……それがお前に渡るのを見たかった」


鴉がさっき言ってくれたことの意味が分かる気がした。私は私に助けられてお礼を言ってくれる人を山ほど見たし、その御礼の品をもらったことも沢山あるけど、手紙で貰うのは初めてだった。私自身はお礼なんて言われなくても気にしないけど、手紙で気持ちを伝えられるのはなんだかとても幸せに思えた。少し視界がぼやけているのは何故だろう。目を擦ったら手も濡れる。



「……冨岡さんも、お饅頭一緒に食べませんか」
「……いや、それはお前がすべて受け取るべきだと思うが」
「冨岡さんがいなければ私も私が守った人も皆死んでいます。あ、でももしお嫌いなのなら、」


そう言いかけたとき、控えめに差し出していたお饅頭の乗った手のひらから、少し申し訳なさそうに冨岡さんはそれを受け取った。かさかさと包み紙を剥がして一口それを口に入れると、美味い、とだけいつもの無表情で一言呟いた。その様子がなんだか面白くて、気づかれないように笑ったつもりだったけど、彼が咀嚼しながらこちらを見てくるものだから、もしかしたらバレていたのかもしれない。





(2018.10.8)



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