稲GOss | ナノ
5555Hit/2-2
コポリ。開いた口から泡が吐き出されて、空に昇っていく。フワフワと上へ上へ向かう泡に一生懸命手を伸ばして、捕まえた。と思った。けれど泡は幾つもの小さな球体に分裂して、指の隙間から逃げていった。
行かないで。逃げないで。無くしたくないよ。その拍子に開いた口からはコポコポと先程よりも多くの泡が溢れ零れていく。慌てて口を押さえたけれど、そのせいで呼吸が出来ない。苦しい。でも出しちゃ駄目。だって、この泡は、
これは俺の―――
「おいっ!!」
ヒュッと喉がなった。突然切り替わった視界の真ん中で、険しい顔の想い人がこちらを映していた。つるぎだ…。ぼやけた視界でポツリと零せば、剣城は一瞬安堵したように顔を緩めて、直ぐ様眉間に皺を寄せた。
「たく、何やってんだよお前」
「あれ…?ここどこ?」
俺、部室にいなかったっけ?まだ寝起きで回らない頭を押さえて上体を起こすと、剣城は呆れたように溜息を吐いた。
「…保健室。お前熱あってぶっ倒れてたんだ」
「へ…?そうなの?」
気付かなかったなぁ。そう呟きながら、頭を押さえた手を下ろしていく。すると、何かがポタリと顎を伝って落ちる感触がした。
「…ぁ?」
降ろしかけていた手で顎を撫でれば、微かに湿った感触が指を滑る。そのまま頬に移動して、最終的には目尻に行き着いた。俺、泣いてた?もう片方の手も動かそうとしたけど、その手が何かを握っている事に気付いた。視線を動かせば、そこには白くて自分よりも大きな手。
「…剣城」
ずっと握っててくれたの?ジンワリと暖かなものが胸に広がる。当の本人は少し頬を赤らめて、視線を足元に流してる。
「…お前が突然手を上げて泣き出したから、驚いただけだ」
それで手を握ってくれたのか。何だかんだ言って、お人好しだなぁ。垣間見える相手の優しさに自然と笑みが生まれる。未だに離されない冷たい手が愛おしかった。
「それに…兄さんも偶にそうなるんだ。こうしてやると落ち着くらしい」
兄さん。その言葉に、一気に頭が冷たくなる。照れたように俯くその表情は微かに和らいでいて、それが更に増す。何かを思い出すような、遠くを見る切れ長の目。ドクリドクリと心臓の音が耳元で嫌に響いた。
思い出したかのように剣城は文句を言い始める。お前のせいで面会時間が過ぎてしまったとか、後で連絡しなくてはとか、明日は診断結果が出る為早めに部活を抜けて会いに行くから伝えとけとか。けれど俺の中ではグルグルと気持ちの悪い感情が渦巻いて、剣城の声が膜を張ったかのように遠くに聞こえる。痛い。気持ち悪い。どこかが弾けたような音がした。
嗚呼、零れていく。
「だから兄さんに…」
「やめてよっ!!」
叫んだ後にハッとした。無意識に発した拒絶の言葉に、慌てて相手を見ると、相手も驚いたように此方を見ていた。
「あ、ごめ…」
「…いや、悪かったな。お前も熱あるのに」
お前も起きたし、先生呼んでくる。そう残して白い手が解かれた。冷たい手が離れていく。あ、と声を上げるけど、剣城は気にした様子もなく席を立って歩きだした。その後ろ姿が、先程の部室で見た背中と重なって、どうしようもなく苦しくなった。
「待って剣城、違うんだよ」
「上着と荷物、そこに掛けてあるから、帰る用意しとけよ」
「ねえ、聞いてよ、そうじゃなくて」
「あぁ、お前んちには先生が連絡してるから」
扉に手を掛けられた。行ってしまう。また、剣城に置いてかれてしまう。目の奥が熱くなって、途方も無い感情が急激に込み上げてきた。
口が、開く。
「好きなんだよっ!!」