稲GOss | ナノ




5555Hit/2-3



零れてしまった。放った瞬間そう思った。出してはいけないと、そう思っていたのに。夢の内容はこれの前兆だったのかもしれない。

もう戻れない。そう思った。一気に襲ってくる後悔の波に押しつぶされそうだった。扉に手をかけたまま動かない剣城はどんな顔をしているのだろう。それがとても恐ろしくて、視線が下がりそうになる。けれど、それを押し止めて相手の背中を見つめる。引き返す事は出来ないなら、それならいっそ全てを吐き出してしまおう。


「俺、剣城が好き…ずっと好きだったんだ」


いつからか、いつも目で剣城を追っていた。剣城と話したり、サッカーしたりすると胸が温かくなった。同性だとか、そういう問題抜きにしてお前が好きになったんだ。


「さっきはね…俺、剣城のお兄さんに嫉妬したんだ」


だって、お前の中にはいつもお兄さんがいたから。ポタポタと零れる。涙も、想いも。今の自分は大層酷い顔をしてる事だろう。動かない背中に触れたい。お前の顔を見たい。まだ怖くて仕方がないけど、それ以上にあの目に自分を映して欲しかった。
一瞬で良い。兄ではなくて、


「俺を見て欲しかったんだ」


一番言いたかった欲を吐き出した後は言葉が続かなかった。いや、続けなかった。続けばきっと弱腰になって、この告白を曖昧にぼやかしてしまうだろうから。口元を手で押さえる。出るな出るな出るな。無意識に握っていたシーツをさらに強く握った。沈黙が辛い。どちらとも動かず、廊下の向こうで誰かが走り抜けていく音がする。


(言ってくれよ…嫌でも良いから)


嫌なら嫌と言ってほしかった。気持ち悪い。そう罵倒してくれたら、俺は前みたいに戻れるから。完璧には無理かもしれないけど、ちゃんと演じてみせるから。縋るように相手に視線をやると、驚いた事に、剣城はこちらを向いていた。眉間に皺を寄せて、黄色い瞳を細めて、酷く複雑な表情を浮かべてこちらを見ていた。


「…馬鹿じゃねえの」


剣城の声が空気を震わす。電気を付けていない室内は、日が沈んで随分と暗くなった。薄暗い視界でも剣城の表情は嫌になるくらいに見えて、一歩一歩近づいてくるにつれて更にはっきりとしていく。コツン。とうとうベッドの横に立った剣城をただ呆然と見上げていた。


「分かってんのかよ。今のお前の言葉、告白にしか聞こえねぇぞ」


「…、あ、たり前だよ。そのつもりで言ったんだもん」


「…俺は男だぞ」


「知ってるよ」


それでも好き。今度はちゃんと目を見て言った。暗くても鮮やかに浮かぶ黄色い瞳は猫を連想させる。剣城も夜目がきくのかな。そしたらこちらの顔も良く見えているのかもしれない。


「……馬鹿じゃねえの」


先程と同じ言葉を繰り返して、白い手が髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。突然の事で狼狽えたが、それは直ぐに治まって、グイッと最後に頭を後ろから押されて剣城のちょうど腹の辺りに頭を押しつけられた。冷たい手とは違う人の体温が、いつも着ている赤いシャツを通して額に感じる。


「お前の気持ちには答えられねぇ。俺の中で兄さんは特別だから」


「うん」


「これからだってそうだし、そればずっと変わらねぇ」


「…うん」


声は穏やかだった。否定的な内容にも関わらず、その中には確かに優しさが滲んでいて、目の奥が熱くなる。剣城は俺の気持ちを肯定してくれた。拒絶もせず、かといって受け入れもしなかったけど、この好きという想いを優しく認めてくれた。それはもしかしたら拒絶されるよりも辛い事かもしれない。でも、それでも構わなかった。


「…良い。それでも好き」


馬鹿じゃねえの。三度目は擦れて泣きそうな声だった。ごめんね。でも、俺は零れたこの想いを飲み込んで、大事に育てていく。それを許してくれたのは紛れもなくお前だから。




(お水をあげる)
(例え腐ると知ってても)





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