「なまえ、うで貸して」
「ぜったいヤだ」
「いいからいいから、これをこうして…」







関節が曲がってはいけない方向に曲がったんじゃなかろうか。いたーいと叫ぶ私を見て、目を細める洋平は心底楽しそうだ。女子にプロレス技かけるとか、ひどすぎる。


「痛いよバカぁぁ」
「ハハハ、護身用にどうぞ」


報復に叩き返すと、いとも簡単に私の拳を手のひらでパシッと止める。そのまま再びさっきの技の餌食になるのは言うまでもない。いつでも出来るようにってずっと手を離してくれないのはなんなんだろう。


「そういえばもうすぐ文化祭だな」
「だねーまたみんな私ん家泊まり込みになりそう」


私の父は高校へ入るとすぐ単身赴任で海外へ行ってしまった。いつまでも乙女な母は半年我慢してみたものの、「パパに会いたい!」と娘を置いて父のもとへ飛んでいった。私に残されたのは三人で暮らしていたマンションと私名義の通帳、そして印鑑。なんとなく積み立ててくれてるのは知っていたけど、結婚する時にもらえると思っていたそれは、予定よりも早く私の手の中にある状況だ。それにともない、学校のすぐ近くにある私の家は、終電逃した時や朝早くから学校行かなきゃ行けない時など大活躍!親がいないということで気兼ねしないし、日々日々ホテル化していっている。春に行われた体育祭準備期間の時もそうだったから、今度の文化祭もそうなるに違いない。


「今年なにすんだろな」
「あーこの前決めた時洋平いなかったっけ」
「え、もう決まってんの?」
「屋台屋台」
「そりゃまた準備大変そうね」


一年の時は多数決でなぜか演劇だった。しかも演じる側に回されてしまった私は事もあろうか王子様役。結果楽しかったからいいんだけどさ、べつに。


「そういやなまえキスしてたよね」
「え、よく覚えてんね」
「あれ強烈だったもん。クラスの女子同士がしてんの」


白雪姫だったからね。しかしエンディングで音響係が間違ったのか「とんぼ」が流れてきたのにはビックリした。ほんでさらに間違ってみんな「乾杯」を口ずさみながら暗幕がおりて終わるっていう観客も驚きの展開。やってるうちらは楽しかったけどねー。


「お、楽しそうなことしてるな!」


屋上の扉が開くと聴こえてくるのは毎度お馴染みの声。私と洋平の組み合いを見て、オレもオレもと間に入ってくる。


「させるかー!」
「バーカ。おまえが男のオレに力で勝てるかってーの」


今度は大楠が私に例の技をかけようとする。だから何なのそれ!昨日テレビでやってた、へーそう。聞いてないよそんなこと。と、楽しそうな笑い声の中に異なる電子音が混ざっている。その事に気づけば、洋平がちょっとって言って見えないところへ行くのはもはや日常茶飯事のこと。洋平がおんなの人からの電話に私の前で出ることはない。でも居なくなることで、おんなの人から電話が来たことは明白だ。落ち込むなぁ。


「おらよ!」
「いたたたたー!!」


だけど洋平がいないとこでも私は笑えるんだよ、それを証明したくて電話をしている洋平にも聴こえるぐらいの大声で大楠と笑い合った。










「みょうじ−!これ真ん中かー!?」
「もうちょっと右、右」


文化祭を今週末に控え、準備も佳境に入ってきた。今日は看板を取り付けて屋台自体を完成させる。男子は外で組み立てを、女子は教室で段ボールに絵を描いたりメニューを作ったり細々したものを担当している。


「次なに持ってけばいい?」
「あ、水戸くんおかえりー。次はあれ持ってってくれる?」
「りょーかい」
「お願いね」
「てかあいつは?なまえ」
「なまえちゃんなら外だよ、組み立てのほう」
「へ、なんで」
「いや自ら率先して行ったけど」
「、ハハ」
「あ、水戸くん!…行っちゃった」


クラスの男子が私に向かって怒鳴り散らしだした。ご、ごめん。私から見て右だったけどあんたらから見たら左だったんだもんね。にしてもそこまで怒らんでも。


「ごめんって!あと半歩左ー」
「うるせー!おまえの言うこともう信じねーぞ」
「今度はほんとー!」
「あとで覚えとけよ」
「にひひ、」


私には人をイライラさせる才能があるみたいだ。不器用すぎてよく洋平や大楠にも怒られている。クラスメイトにも今日で嫌われたかもしれない。一生懸命なだけなのに!両手を左に振ってこっちこっちと誘導していると、後ろからガッチリ腕をつかまれていつぞやかの技をかけられそうになってビックリした。でもそれ以上にビックリしていたのはクラスの男子たちで。


「洋平ーなにすんのよ!」
「油断大敵」
「荷物持ってきたんなら置いて手伝え!」
「ハハハ、りょーかい」


私たちのやり取りを唖然として見守る田中くん以下数名。洋平は私が他の男の子と話していると分かりやすくオレの物アピールをしてくる。あんたには彼女がいるじゃない。どんな独占欲なのそれ。素直に喜べない私の身にもなって?









(委員長どうしたの)(え?いや水戸くんが走ってるの初めて見たなぁと思って、)
(ああ、なまえ見つけたとき!)(すごかったよねさっき!)


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