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「茨鬼」

(2014/08/29)

#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
(お題不使用のため不参加)


 コンビニからの帰りだった。家へと続く石段の前に、ひとりのおばあさんがいた。髪がきれいに真っ白になった上品そうなおばあさんだ。薄紫の着物がよく似合う。階段を見上げたり辺りを見回したりと落ち着きがない。

「どうかしましたか?」
 自分の家の前ということもある。ぼくは声をかけた。おばあさんが振り向いてぼくを見た。ああ、お兄さん良いところに、とぼくを手招きする。
「あのね、お寺というのはこの上ですか」
「はい、そうですが」
 そう答えるとおばあさんは、安心したような困ったような顔になった。そして「やっぱりそうですかあ」と頬に手を当てる。――と、近くまで来てぼくは気づいた。このおばあさん、片腕がない。頬に当てたのは右の方の手だ。左はというと、袖だけが身体の動きに合わせて揺れている。肩の途中からなくなっているのだろうか? 不自然なのは着物の上からでも一目瞭然だ。

「あのう?」
「はい?」
 まずい、じろじろ見すぎてしまったかもしれない。おばあさんが言う。
「ここ以外に、道はないんでしょうかねえ」
「ああ……」
 なるほど、とおばあさんの視線に連られてぼくも同じ方向を見る。そびえ立つ石段は見るというより見上げると言った方が正しい。
「……ないわけじゃないんですけど、だいぶ回ります」
「やっぱりそうですかあ」
 この石段はたしかにお年寄りには厳しい。ぼくでもこの石段を上りきると息が切れる。かと言って、裏手の自動車用の道もここからだと回ることになるし、どっちにしろきついな……そうだ。
「あの、良かったらオレ、途中までおぶりましょうか?」
「ええ? いえいえそんな、行きずりのお兄さんにそこまでしてもらっちゃ悪いですよお」
「いいんです。オレここの、この寺の人間なんで」
「あらまあ」なんて偶然、とおばあさんが大げさに仰け反って驚く。そこまでされるとわざとらしいくらいだ。「それじゃあお言葉に甘えちゃおうかしら」


 おばあさんは嘘のように軽かった。だけど、一歩また一歩と歩くたび、おばあさんの身体はどんどんと重くなり……ということはない。大丈夫だ。そんな話を思い出すのはぼくがわりと疲れを感じ始めているせいだ。まだいける。自分で言い出した手前、最後までやり遂げないとカッコ悪い。
「ねえお兄さん?」
「はい?」急に声をかけるもんだから、声が裏返ってしまった。慌てて取り直して、「なんですか?」
「お兄さんの家に、預かり物、ないかしら」
「あずかりもの?」
 答えながら息を整える。「預かり物って、どんな」
「たとえばそうねえ……箱」
「特にそういうのはなかったと思いますけど。父に聞かなきゃわからないなあ」
「封をしてあって、縦長の。大きさはそうね、腕が一本入るくらいの……」
 変なことを聞くおばあさんだ。頭ごしにおばあさんの顔を窺い見る。特に変わったところはない。

 父に(寺に?)なにか預けていたんだろうか?
 浄霊に出していた思い出の品とか?
 でも腕が一本入るくらいの箱なんて……箱……なんて……「そういえば、あれもそのくらいだっけ」
「どこにっ?」

 おばあさんが急に前のめりになる。「危ないですよ」と背負う位置を調節する。
「えーっと、冷蔵庫です。冷蔵庫にちょうどそのくらいの箱が入っていたような気がします」
「冷蔵庫だね? 間違いないね?」
 顔は見えないが、声がすごい剣幕だ。ちょっと怖いなこのおばあさん。そう思いつつも、ぼくは肯定する。するとおばあさんは「そうかい、ありがとねえ」と引き下がる。口調は温厚な優しいおばあさんだ。でもその代わり、ぼくのすぐ背中から「……あの坊主なんてところに」などと呟く声が聞こえる。
 ……関わらない方が良かったかな。軽率に声をかけた自分に後悔する。そうは言ってももう到着だ。登頂、到着。すると間もなくおばあさんが

「ありがとねえ、お兄さん」

 そう言って軽快な動きでぼくの背から飛び降りる。……本当に『飛び降りる』と言いたくなるような軽快さだった。とてもじゃないが、石段が上れないと、よぼよぼしていたおばあさんと同じ人だとは思えない。

「お礼は後からたーっぷりしてやるよ。腕を取り返した後でゆっくりとなあ!」

 そしておばあさんは「キークエエエエ」と奇妙な声を上げ、ぼくを突き飛ばした。さらに止める間もなく家、つまりぼくの家の中へと走って行ってしまったのだ。ぼくはそれを呆気にとられて見送ってしまった。
 ……いやいや、これかなり駄目なんじゃないか。
 弱々しいおばあさんかと思ったらまさかあんな動けるなんて。とりあえず後を追おう。
 ――とそこで!

 家の中から「ババアー!」という叫び声!
 地の底から轟くような「破ァー!」という一喝!
 それと同時に青白い光が爆発した!

「……」

 ぼくがおそるおそる玄関先から様子を伺っていると、家の奥から父が姿を現した。これから仕事なのか、それとも仕事帰りなのか、きちんとした法被姿だ。目も二つある(なんのことかと思われるだろうが、ぼくには大切なことなのだ)。父の方でもぼくに気づいたようだ。
「帰っていたのか」
「ただいま父さん」
 手には牛乳の入ったコップを持っている。……台所の方から来たようだ。父はぼくの視線に気づくと、牛乳を一気飲みした。どうやらコップを持ったまま出てきてしまったらしい。
 ……一応伝えておいた方がいい、んだろうか。「お客さん、来てたよ。おばあさん。……たぶん、おばあさん」
「ああ、だがもうお帰りになったようだ」
「うん……そうみたいだね」
「ああ」
 そして何事もなかったかのように、父は台所にコップを戻しに行った。
 寺生まれってすごい。ぼくは改めてそう思った。
 ……自分も寺生まれなわけだけど。

「でもあれは、次元が違いすぎてちょっとなあ……」



追記

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