裏口 | ナノ


▽ ままごとのような


「おお、ホントに小さくなっちまったな〜、天使サマ。」
「気をつけろよ。うっかり可愛いとか言うと痛い目に合うぜ。」
指先に絆創膏を巻いたロイドが、小声で囁く。
どうやらからかいが過ぎて、軽く噛み付かれたらしい。

ユアンの行っている怪しげなマナ研究に付き合わされた挙句、手のひらに乗るほどの大きさになってしまったクラトスを、俺はしげしげと眺めていた。
宿屋の部屋のテーブルに腰掛け、じっとこちらを見上げる瞳。
あの天使サマが、こんな大きさになって……、と思うと、それだけでなんつーかもう、猛烈に可愛い。
「……あまりじろじろ見るな。居心地が悪い。」
「まあまあ、しょーがねぇだろ。なんてったって、こんなにカワ……」
「ゼロス! 気をつけろって。」
「あ、そっか。…あー…、ともかく、これからどーすんだ?」
「うむ……。そうだな……。」
どうやら一週間ほどで元の大きさに戻るらしいのだが、それまではこの姿のまま過ごすしかない。
戦闘に参加できないのはもちろん、日常生活だって、様々な面でままならないだろう。
そっちのお楽しみだって、当然我慢だ。
恋人としては、一週間もおあずけなんて正直辛いところではあるが、こんなに小さい体に何が出来るわけでもないからしょうがない。
ユアンにしたら、それも狙いのうちなんだろうが。
何しろ、恋敵である俺サマに、奴はことごとく嫌がらせをするのだ。
そんなの、むしろ逆効果だってのに。

「それにしても、この服もよく出来てんなー。さっすがロイド君。」
あまりにも小さくなって、着るものもなくなってしまったクラトスに、先ほどロイドがちまちまと、小さな服を縫ってやっていた。本当に器用なヤツだ。
白いシャツに、シンプルなズボン。そう、街の人間がしているような格好。いつもと違ったその感じが、ちょっと新鮮だった。
「へへっ、まあな。普段着てる服に比べたら動きにくいかもしんないけど、1週間だから我慢してくれよな。別に戦いに行くわけでもないから、いいだろ?」
「……ああ。すまない。」
「いいって。あとで、替えの服も作ってやるからな。」
「あ、どうせなら、それ、ちょっとこうエロいのでお願いしま…、イテッ!」
「何を考えているのだ! お前は!」
「まあまあ、いいじゃないのよ〜。こうなったらもう目で楽しむしか…」
「うるさい! ロイドの前だぞ、自重しろ!」
「え〜、いいじゃん。ロイド君だって俺たちのことは知ってるんだしー……。」
「そういう問題ではない!」
小さくなっても相変わらずケンカしている俺たちを見て、ロイドはハハハ、と苦笑していた。
「あー……、それじゃ、俺もう行くから。後は頼んだぜ、ゼロス。」
「ああ、うん。まかせて。」
「それと、寝るとき一緒のベッドはダメだぞ。ケガさせたら大変だからな。」
「わかってるよ。」
「じゃあな。おやすみ、クラトス。ゼロスと仲良くすんだぞ。」
「……くだらん心配をするな。おやすみ。」
「うん。また明日な。」

パタン、とドアが閉まり、ロイドが行ってしまうと、俺たちはどちらからともなく見つめ合った。
「……さ。どうする? これから。」
「そうだな……。実は、シャワーを浴びたいのだが……。」
「あー、そうね。俺サマも浴びるから、一緒に入るか?」
「どうやって?」
「なんか小さい器にでも、お湯張って浸かったら? 手伝ってやるから。」
「……情けないが、仕方あるまい。頼む。」
「はいはい、まかしといて。」
俺はクラトスをひょいと手の上に乗せると、風呂場へと向かった。

「じゃ、とりあえずココでいいか?」
「ああ。」
床に置いたらあんまりにも小さくてうっかり踏みそうだったので、脱衣カゴの中にタオルを敷いて、そこに乗せてやる。
「それにしてもちっこい服だな。こんなの、脱がせらんねーぞ。」
「いい、自分でできる。」
「そうか?」
「当然だ。」
クラトスは小さな体でもそもそと服を脱ぐと、それらをキレイに畳んで脇に置いた。
相変わらず、几帳面だ。
「ゼロス。」
「うん。ほら、乗れよ。」
「……すまない。」
手のひらを差し出すと、ちょこんとその上に乗る。なんか小動物みたいだな。ハムスターとか。それにしちゃ、やたら艶めかしいが。
そうしてバスルームに入ると、俺はまず部屋から持ってきたマグカップに、なみなみと湯を注いだ。
「ほら、入れよ。」
ティースプーンを手桶がわりにして、軽く体に湯をかけてやってから、カップの中にそーっと入れてやる。
そのカップを洗い場の棚の上に置いてやり、俺自身もバスタブに身を沈めると、ちょうど同じ目線の高さになった。
「どう? 気持ちいい? 天使サマ。」
「ああ。ちょうどいい湯加減だな。……しかし、まさかこんなもので入浴する羽目になるとは……。長らく生きてきたが、初めてだ。」
「……まあ、そりゃそうだろうな。」
困惑顔の天使に、ハハハ、と笑う。
ユアンもとんでもないことをしてくれたもんだが、これはこれで楽しいかも知れない。
「そうだ、背中流してやろうか。」
「ああ、悪いな。」
「えーと……、このくらいの力加減でどう?」
俺は人差し指に石鹸を付けて、そっと背中を擦ってやった。
天使サマは気持ち良さそうに目を閉じている。ああ、本当に可愛い。
その後、なんだかんだと二人でラブラブなバスタイムを過ごし、就寝時間になった。

「さぁてと。アンタは、どこで寝る?」
枕の上、ちょこんと座ってあくびをしている天使に、俺もつられてあくびをしつつ、声をかけた。
定位置はもちろん、俺サマの隣。
でも、こんなに小さくては、うっかり寝返りでも打って潰してしまわないか心配だ。
するとクラトスは、小さなカゴを指差した。
「寝床なら、先ほどロイドが用意してくれた。」
「え? ああ、あれか。」
彼が示した先には、多分、キャンディーでも入っていたんだろう、楕円形のカゴ。
中にはマット代わりの綿と布が敷き込んであり、上掛けのつもりなのだろう、柔らかそうなタオル地のハンカチが、畳んで入れられていた。
たしか、コレットちゃんのだよな。おおかた、ロイド君が借りてきたんだろう。
「ホントに大丈夫か、こんなカゴで。試しに横になってみろよ。」
「ああ。」
まるで赤ん坊の揺りかごのようなそれに、天使サマはもぞもぞともぐりこむと、横になり、首元までハンカチを引き上げた。
「どうだ? 眠れそうか?」
「……そうだな。」
「寒くないか? なんか足りないものがあったら、今のうちに用意するぜ?」
そう言うと、天使はカゴ、もといベッドの中から見上げて、小さく呟いた。
「……おまえの……、」
「ん? ……俺の?」
「………おまえの、匂いがしない。」
「え……」
何だ。そんなコト言うなんて、反則じゃねーか。
俺サマの匂いがしないと、眠れないとでも言うのだろうか。そうなのか?
思いがけない可愛いセリフに、くらりとめまいを覚えながらも、俺は何とか相槌を打った。
「あー…、まー、そりゃあなぁ……。でも、一緒に寝るのも危ねーし……。我慢しろよ。」
俺サマだって、相当我慢してんだから、と諭して、上から指でポンポン、と叩いてやると、天使はふて腐れたように布団にもぐりこんでしまった。
「じゃあな、おやすみ。」
「………おやすみ。」

部屋の電気を消して、眠りにつく。
後には、しんとした静寂。
いつも隣にある温もりがないのは、何だか寂しかったけれど。
結構疲れていたせいもあり、いつの間にか、ぐっすりと寝入ってしまった。


どれくらいそうしていただろう。
俺は、ふと目を覚ました。
カーテンを少しだけ開けて外を見ると、うっすらと明るくなりかけているが、まだ夜明け前のようだ。
「……喉渇いたな。」
水でも飲もうとベッドを降り、何の気なしにサイドテーブルの上の天使サマを見る。
すると彼は、何やら、白い布のようなものを抱きかかえて眠っていた。
「……何だ?」
確か、眠る前には持っていなかったもの。近づいて、そっと確かめてみる。
「……これ、俺サマのバンダナか……?」
そういえば、風呂に入る前外して、このテーブルの上に置いたんだった。
眠る前、俺のにおいがしないと文句を言っていたのを思い出す。もしかして、寝付けなかったのだろうか。
それで夜中起き出して、これを見つけて、抱きかかえて。
「なんだよ。……そんなに俺サマが、恋しかったのか?」
いつも、ちょっと冷たいくらいのくせに。
そう思うと、不意にものすごく愛おしくなって、眠る天使サマのほっぺたに、それこそ、そーっと、キスをした。
「………ん………。」
「……おっと。」
天使サマは身じろぎしたが、起きはしなかった。
ちっちゃくなっても長い睫毛は閉じられたまま。
「あーあ、元に戻るまで一週間か……。辛いよなぁ……。」
俺はふう、とため息をついた。


そして、それからの5日間。
天使サマは、皆にオモチャのごとく可愛がられ、時にリフィル先生の探究心に辟易しつつ、毎日を過ごしていた。
俺はといえば、可愛い姿を目の当たりにしつつ手は出せないという、辛く、涙ぐましい日々を送っている。
せいぜい、キスでもするのが関の山だ。

今朝なんて、天使サマはテーブルの上に座り、皆と同じ大きさのドーナツを、思い切り幸せそうに頬張っていた。自分の身の丈よりでかいドーナツなんて、そうそう味わえないからな。
もともと甘いものが好きな彼のことだ、そりゃあもう嬉しかったんだろう。
ほっぺたやら鼻の頭やらに、とろりと上がけされた半透明の蜜をくっつけている様が、なんだかあらぬシーンを連想させて、俺は思わず生唾を飲み込んだ。
ソレを向かいの席から見ていたロイドが、じっとりとこちらを睨む。
「……こら、ゼロス。おまえ今、おかしなこと考えただろ。」
「……さーね。……なんだよ、ロイド君こそ。人のことエロいとか言うヤツの方がエロいんだぞ〜。」
「何だとぉ?」
ついついくだらない言い争いに発展しそうになっていると、天使サマのお叱りが飛んできた。
「二人とも、何を喧嘩している。食事中だろう。ちゃんと食べなさい。」
そう言って両手で持って口に運ぼうとしているのはウィンナーで。
「ちょ、クラトス、ソレはヤバイって!」
「うわ、天使サマ! それちょっと舐めてみて?」
「ばっ……、黙れ、ゼロス!」
「んだよ。いーだろ、実際にさせようってワケじゃねーんだから。」
「……何の話だ。」
「わかんねーのか? ほら、いつもしてもらってる……、」
「そこまでよ! ……あなたたち、いい加減になさい!!」
朝っぱらから大人な話題でヒートアップしている俺たちは、同じく大人なリフィル様に、思い切りお目玉をくらったのだった。


「あ〜あ、もう散々じゃねぇか……。」
皆がいなくなった後のテーブルで、額のコブにファーストエイドをかけながらため息をつくと、天使サマは呆れたように俺を見上げた。
「自業自得だろう。」
その冷静な物言いが、ちょっぴりシャクに触る。
大体こいつは平気なんだろうか。四六時中、恋人と間近で過ごしながら、スキンシップなしの生活なんて耐えられない。少なくとも俺は。
それとも俺のバンダナごときで満足なのか。まさか匂いフェチか。…じゃなくって。
「くっそー、明日は覚えてろ。元に戻ったら、もう、足腰立たなくなるまでヤってやる。」
悔し紛れに小さく呟くと、天使サマは残したミニトマトと同じくらい真っ赤になった。
「……そんな顔してもダメだぜ?俺サマ、もう限界なんだから。」
「………。」
天使サマは何にも言わなかった。
でも、赤い顔のまま、ちょっぴり俯く。
ああ、可愛い。今すぐにでも、食べてしまいたい。
だが、そんなわけにもいかないので、俺は仕方なく、ヤツが残したトマトのほうを摘み上げた。
「コラ、また残して。真っ赤に熟れて美味そうなのに。アンタみたいで。」
そう言って、ペロリと、思わせぶりに舐めるところを見せ付けながら食べてやる。
「とりあえず、今はこっちで我慢しといてやるよ。」
「……ふん。」
天使は冷たくそっぽを向いた。
その拍子に、さらりと髪が横に流れ、かわいい耳が覗く。
……あーあ、耳までそんなに赤くしちゃって。これはやっぱり脈アリと取るべきだろう。
そう思うと、ますます明日が待ち遠しくて仕方なくなった。

その夜は、このサイズで過ごす最後の晩かもしれない、と言うことで、ちょっと悩んだ挙句、同じベッドで眠ることにした。
何しろ元に戻ったとき、あのカゴでは窮屈すぎる。危なくないよう細心の注意を払いながら、気持ち遠巻きに寝かせることにして、同じベッドに入った。
「……とてつもなく広いな。普通のベッドは。」
天使サマはきょろきょろとあたりを見回している。
「だろーな。ま、明日になったら、ちょうど良くなってるって。」
「そうだといいのだが…。」
そのまましばらく何てことない会話をしているうち、天使サマは眠ってしまった。
ちっちゃいからか、エネルギーが切れるのも早いらしい。
伸ばした俺の腕枕ならぬ手のひらの枕で、すうすうと穏やかな寝息をたてている彼の、小さな額にキスをして、俺も目を閉じた。

明日になったら、思い切り抱きしめよう。
そして、一週間ぶりのぬくもりを補給させてもらおう、と夢見つつ。


そして、7日目の朝がやって来た。
腕にかかる重みを感じながら、俺は目を覚ました。
ハッとして横を見ると、そこには、すっかり元に戻った天使サマがいた。
「……! クラトス……。」
天使は穏やかな表情で、まだ眠っていた。そんな彼をそっと抱きしめ、俺はその髪に顔を埋める。そして頬をすり寄せ、肌を、体温を味わった。
「んっ……? 何だ、ゼロス……?」
幾度目かの頬擦りの後、当然のごとく天使サマは目を覚まし、程なくして今の自分の状況にも気付いたようだった。
「……ああ、元に戻ったのだな……。」
「うん、よかった! やっぱ、こっちのアンタの方がいい。」
「そうか。」
思わず出た本音とともに、いっそう強く抱きしめると、天使サマは喉の奥で小さく笑って、俺の頭を優しく撫でてくれた。その感触も、ひどく久しぶりの気がした。


その日一日、天使様は皆と、とても楽しそうに過ごしていた。
一週間ぶりの戦闘に参加して剣を振るってみたり、ちょっと大掛かりな魔術を使ってみたり。その勇姿に惚れ直したのは言うまでもない。
ついでに料理も作ってもらった。久々の天使サマの味は身に染みて美味しくて、ロイド君と取り合いして、ちょっぴり怒られた。

そうして忙ただしく一日が終わり、夜になり。
部屋に戻った俺たちは、当然のごとく、熱く体を重ね合わせた。
触れ合えなかった時間を埋めるように、ぴったりと肌を合わせて、深く深く繋がる。
「な、もう一回。……いい?」
もう幾度目かわからないおねだりに、天使サマはぐったりしつつも、素直に頷いてくれた。
俺も、それに応えるようにその体をかき抱き、揺さぶり、思いのたけを注ぎ込む。
その営みは、それこそ夜が明ける間際まで繰り返された。


小さなアンタと過ごした一週間は、ままごとみたいで楽しかったけど。
でも、どうせなら、そんな可愛い遊びより、現実の方がいい。
濡れる肌。耳元で響く甘い声。背中に回された指先。
その全てが、こんなにも愛しい。
「なあ……、ありがとな。」
眠りに落ちる前、腕の中にある確かなぬくもりを抱きしめながら、俺は当たり前の幸せに、小さく感謝した。

そして、こんなきっかけを与えてくれたユアンにも、ほんのちょっとだけ。半分はご愁傷様、という気持ちも込めて。
なぜなら、俺はますますこの天使を手放す気などなくなってしまったのだから。

End.




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