裏口 | ナノ


▽ 傍観者


クラトスは一人、夜の森に佇んでいた。
今日は、ゼロスから定期報告を受けることになっている日だ。

クラトスの密かな恋人でもあるゼロスは、現在ロイド達と行動を共にし、直接彼らを助けることが出来ないクラトスの代わりに、危険を省みず力を貸してくれている。


程なくして枯れ枝を踏み締める足音が聞こえ、振り返ったクラトスは、そのまま凍り付いた。
現れたのは愛しい紅色ではなく、流れるような金の髪を持つ男だった。
「何故、という顔をしているな。」
金髪の男、ユグドラシルは低く笑った。
「神子と逢い引きか? お前は随分、あのテセアラの神子に執心しているようだな。」
クラトスは表情には出さないものの、その言葉を聞いてほんの少し眉を動かした。
「ユグドラシル様こそ、何故このような場所に……。」
「わからないか? 自分のしていることを振り返ってみれば、おおよその見当はつくだろう。」

クラトスは言葉に詰まった。
どこまで知られているかは判らないが、自分のしていることが、この男にとって好ましくない部類のものであることだけは確かだ。
ユグドラシルは、無言で立ち尽くすクラトスに歩み寄ると、ぐいと顎を掬い上げた。
そして、その目を覗き込み、冷たく笑う。
「そういえば、お前は知っているか? あの神子が、おとなしくクルシスに手を貸している理由を。」
実のところ、それはクラトスにもよくわからなかった。ゼロスは確かに、クルシスのみならず、レネゲードとも繋がっている。
後者はまだユグドラシルの知るところではないが。

『俺さまを信じろよ、クラトス。』
以前、ゼロスの身を案じたクラトスに、彼は真剣な眼差しでそう言った。
その時、心に決めたのだ。彼の真意がどこにあるにせよ、自分は彼のことを信じ、任せようと。
その信頼に足るだけの深い繋がりと軌跡が、二人の間にはあった。
だから敢えてこれまで理由を尋ねることもしなかったのだ。

すると、ユグドラシルは意外なことを口にした。
「クラトス、お前を傷つけさせないためだそうだ。大切なお前に何かあったら大変だからと。」
クラトスは目を見開いた。ゼロスがそのようなことを考えていたとは。
その様子を、ユグドラシルは面白そうに眺め、嘲笑するように唇を歪ませた。
「神子をたぶらかすとは、良い手を使ったものだな。さすがは、淫奔なお前らしい。」
クラトスは思わず目を反らした。
そんなつもりではない。
ゼロスとの関係は、そのような利害とは無縁のものだ。
しかし、今ここでそれを言う訳には行かない。
ユグドラシルは、尚も言葉を続けた。
「だが、お前が本気になっては、元も子もないな。」
「本気になど……。」
「嘘はつかない方がいいぞ、クラトス。神子がどうなってもいいのか?」
途端、クラトスはキッとユグドラシルを睨んだ。
その瞳が、全てを物語っていた。
「やれやれ、お前は本当に誤魔化すのが下手だな。大体、私が気づかないとでも思ったか?……お前のことを、ずっと見て来た私が。」
その言葉と共に、ユグドラシルの目に、狂気的な光が宿る。
「っ……! 何を……!」
「わかっているだろう、クラトス。私を裏切ったらどういうことになるか。今ここで、その身に教え込んでやろう。」
ユグドラシルは、クラトスの服を引き裂き、背後の木に押し付けた。
「ユグドラシル様……! おやめください、このようなことは……!!」
「なぜ今更そのようなことを言う? 初めてでもないだろうに。」
ユグドラシルはクラトスの両腕をまとめ上げると、下肢を被う衣服も取り去った。
心もとない姿を晒され、クラトスは頬を染めて顔を背ける。
「フフ、良い顔だ。屈辱か? かつての弟子にこのような辱めを受けることが。……あの神子とて、同じことだろうに。」
「………!」
その通りだった。
ゼロスもまた、小さな頃から自分が何くれとなく世話を焼いて来た、言わば愛弟子だった。
だが、彼とユグドラシルとは決定的に違う。

一体、どこで、何を間違えてしまったのだろう。
クラトスは、ユグドラシルの手荒い愛撫を苦々しく受け容れながら、思いを巡らせた。
ミトスが、初めからこのような性格だったなら、自分はとうに見限っているはずだ。
しかし、自分は知っている。
この少年の夢を。
その実現のためにしてきた努力を。
彼が味わってきた、幾多の苦しみを。
ずっと、傍で見て来た。
だから、突き放せない。
もう、この男の考えにはとっくについて行けなくなっているのに。
何より、ゼロス以外の男に抱かれたくなどないのに。
だが、拒めば全てが崩れて行きそうで。
クラトスはされるがまま、ユグドラシルにその身を委ねた。
身を切り裂くような乱暴な律動にも、天使は声を上げることもなく、ひたすらに耐えた。


短くも激しい情交を終えて、ユグドラシルが去る頃には、クラトスは立ち上がることすら覚束なくなっていた。
そのまま、木にもたれて座り込む。
全身が、軋むように痛かった。
しかも、意識が多分に霞んでいる。
肌に触れる夜の森の空気も、もはや冷たいのか温かいのかわからない。

ふと、ゼロスのことが頭を掠めた。
今頃どうしているだろう。
今夜は殊更、抜け出すのに手間取っているようだが。
やがてやって来る彼に、こんな姿を見せられない、と思いながらも、クラトスは指一本動かせずにいた。


どれくらいそうしていたろうか。走るように近づいて来る人の気配を感じ、クラトスはうっすらと意識を浮上させた。
その目の端に映る、鮮やかな紅。
「悪い、遅くなっ……、クラトス?!」
約束の場所に、急ぎ駆けつけたゼロスの目に飛び込んで来たのは、全身を傷だらけにした天使の姿だった。
「おい、大丈夫か?! どうしたんだ?!」
乱暴に切り裂かれた衣服に絡まる、長い金髪。
「まさか……、あいつに?」
クラトスは小さく頷いた。
「ああ……、すまない、ゼロス……。………私は…………。」
「………分かってる。無理にしゃべるな。……今、治してやる。」
クラトスの体の傷に回復魔法をかけながら、ゼロスはもどかしい気持ちで歯ぎしりした。
あの男は、どこまでこの天使を苦しめれば気が済むのか。
「今夜はもう戻れ。宿はどこに取った? 送ってくから、報告はまた今度にしよう。」
ゼロスはクラトスを抱き起こして言い聞かせると、滅多に出さないマナの羽を、その背に出現させた。そして、クラトスを抱き上げ、地面を蹴って夜空へと舞い上がった。

「じゃ、ゆっくり休むんだぞ。」
身を清め、宿のベッドにクラトスを横たわらせたゼロスは、そっと部屋を立ち去ろうとした。
が、離れようとした瞬間、クラトスの手がゼロスの服の裾を握る。
「……天使様……?」
「ゼロス……、少し、傍に……。」
縋るような、切ない瞳。
その視線は、必死に、先程のことを忘れさせて欲しい、と訴えていた。
「いいのか……?」
尋ねれば、天使は黙って頷き、目を閉じた。
「わかった、忘れさせてやるよ。だから、俺のことしか考えるな……。」
深い口づけを与えながら、ゼロスは彼の望むまま、その身を重ね合わせて行った。


「辛くないか? クラトスっ……。」
「んっ、は、あぁッ……! ゼロス……!」
傷ついた体を気遣い、壊れ物を扱うように優しく触れるゼロスに、天使は強くしがみついた。
その姿は、何かに怯える幼子のようで、普段の強さを知っているだけに、胸が締めつけられる。

あともう少し早く、あの場所に辿りつけていたら。
守りたいのに、守りきれなかった自分に、無性に腹が立つ。
そんなゼロスの思いを知ってか知らず、クラトスは震える声で懇願した。
「ゼロス……、もっと酷く……!」
「駄目だ。……そんなに自分を傷つけようとすんな」
しかし、天使は嫌々をするように首を横に振った。
「頼む……、でないと、私は……。」
「クラトス………。」
戸惑いがちに、乱れる前髪をかきあげると、涙をいっぱいに溜めた瞳と目が合った。
それを見たゼロスは心を決める。
「わかったよ。アンタが、それで楽になれるなら。」
「ん……、ひ、ぐぅっ! ゼロス……!」
「クラトス、好きだ……! アンタだけだ……!」

ユグドラシルの痕跡を拭い去るように、ゼロスは敢えて激しく、天使の体を貪り続けた。


「……眠ったのか?」
幾度かにわたる情交の後、まだ涙の跡が残る寝顔を見つめながら、ゼロスは一人、何とも言えないやるせなさを感じていた。
ユグドラシルはもう、かつて世界を救おうとした、あの少年ではない。
それに気付きながら、この天使は、まだ以前の幻影に縛られている。

これは、呪いだ。
クラトスが優しさという名の甘さを捨て去り、非情に撤しない限り、解くことのできない呪縛。
しかし、この慈愛に満ちた天使に、そこまで非情になれというのは、一方で酷でもあった。
「ごめんな、クラトス。……でもこのままじゃ、辛すぎるだろ?」
ゼロスは、天使の冷えた唇に、そっと口付けた。
「俺と、ロイド達で、あんたをきっと、あいつから解き放ってやる……。」
誓いにも似たゼロスの呟きは、夜明け前の薄闇の中に溶けて行った。


end.



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