(3Z)



「秋の暮れは早ェのな」

陽が沈みかけた教室の窓の外を眺めながら、窓際の席に座る沖田が呟いた。夕日を受ける彼の蜂蜜色の髪やこげ茶色のカーディガンは赤々と染まっている。当然、隣の席から椅子を引っ張ってきて沖田の近くに座っている神楽の身体も真っ赤だ。
放課後を知らせるチャイムはとうに鳴り止んでいた。
このところ、二人して用も無しに放課後の校舎に居残ることが多くなった。まるで、卒業までの残された時間を名残惜しんでいるみたいだ。そう、沖田と他愛ない会話をしながら薄ぼんやりした頭で神楽は考えている。

「はしたねェから止めとけ」

椅子の上で胡座を掻く沖田を真似ようと、神楽が足を大きく振り上げると横から注意が入った。自分のことを棚に上げておいて何を言うかと神楽はひっそりと眉をしかめたが、「別に、これくらい大丈夫アル」「パンツ見えてらァ」白、と呟いた沖田の頭をはたいて、神楽は渋々元のように椅子へ腰かけた。

「・・・そういえば、アレ、どうなった」
「アレ?」
「ほら、親父さんがどうとかの話」

沖田にしてみれば、何の気なしに持ち出した話題だったのかもしれない。空気の読めない奴、と神楽は内心で毒づいてやる。ぎくりとこちらの肩が強張ったのを気付いてくれるほど、そういえばコイツは気が利く奴じゃなかったなと思い出す。

「無理だったアル」
「・・・無理って?」
「説得、無理だったアル。だから卒業式出ないで、二月には帰ることになったヨ」

妙なタイミングで教室のスピーカーからチャイムが流れ出た。いつもは優しく耳に滑るはずの音も、今だけは心地良さを感じることが出来ない。
我慢ならなくなって目を伏せた。沖田の表情を知るのが今の神楽にはたまらなく怖いのだった。鉛のように重たくなった頭が遂に俯いてしまう、と、ようやく頭の上から沖田の声が降ってきた。

「ひとつ、言わせて貰うけど」
「ウン」
「離れる気なんてねェから安心しなせィ」

えっ、吃驚して見開いた瞼をそのままに、下げたばかりの頭を神楽が持ち上げる。と、神楽を呆れているような、それでいて真剣な色を帯びた沖田の瞳とぶつかり合った。

「オイなんでさァ、その意外そうな顔は。じゃあお前は、別れてもいいってのかィ」

意地悪な声音で沖田が問うてくる。そういう聞き方はずるいんじゃないかと、神楽は心の底から思うのだ。これでは言うべき答えが決まってしまうではないか。

「そんなの、嫌に決まってるアル」

思い切りしかめ面になって言葉を返せば、きっと答えを聞く前から分かっていたのだろう、沖田は満足気に笑みを浮かべた(嗚呼、なんて憎らしい顔だ!)。

「でも、今回は仕方がないことネ。もうどうにもならなくて、私は国に帰らないといけないのヨ。そしてたぶん、もう帰って来れないアル」

一番新しい進路調査用紙には、母国の学校名を記入して提出した。もう後には引けなくなった。これから冬が来て、年が明けたら、春が来る前に自分はここを去るのだろう。せめて、皆と一緒の季節に巣立ちたかった。
沖田に別れを告げるタイミングは今しかないという気がした。安っぽいドラマの真似みたいで神楽はしゃくだったが、このまま二人、離れ離れになってお互いを想い続けるくらいなら、いっそ(別れてしまうのが一番良いと思うのだ)(なのに、その一言が、ずっと言えないでいる)。

「・・・なら、単純な話じゃねェか。お前が此処に残れないって言うなら、俺が迎えに行けばいいんでさ」
「は、」
「どのくらい時間や金がかかるのかは分からねェ、けど、俺はお前を迎えに行く。絶対でさァ。だからそれまで、待ってろィ」

馬鹿と、罵倒してしまいそうになる。何を簡単に約束しているのだ。沖田が言うそれはあくまでも夢物語だろう。実際に資金を貯めて、自分を迎えに行って父親に認めてもらえるような地位を得るのに、どれだけの苦労と時間がかかるのかを沖田が知るわけもないはずだった。
それでも、沖田の言葉には思わずウンと頷いてしまう不思議な魔力があった。沖田の瞳は背景の夕陽の弱々しい赤色よりよっぽど煌々と輝いている。
迎えに行くから待ってろと言った、強く光を放つ沖田の瞳を、負けるかとばかりに、神楽は同じようにうんと強い光を放つ瞳で見つめ返した。

「待ってていいアルか」
「いいに決まってんだろィ。・・・つーか、」

待っててください。
申し訳なさげにつけ加えられた一言が、どうにも沖田らしくなくて、少し笑えた。
唇のはしをつり上げ、笑みをつくったその時。じわじわと熱を放つ目頭の熱さに神楽は気付かされる。頬を伝わってぱたりぱたりと床に落ちる液体を見て、沖田も神楽もぎょっとして顔を見合わせた。

「え、オイお前、なんで鼻垂れてんでさァ」
「うっ・・・る、さい」

鼻を垂れているんじゃない。泣いているのだ。レディに対して言い方には気をつけろ、と文句を言ってやるつもりだったのに、涙と鼻水が一気に溢れ出てそれどころではなくなった。
ぐしぐしと制服の袖口で顔を拭う姿を見かねて、沖田からポケットティッシュが手渡された。素直に受け取って、ズビーと音を立てて鼻をかむ。

「なんか・・・、安心したら涙出たアル。てっきりお前に捨てられるかと思ってた、から」
「ひっでェなオイ。お前には俺がそんな軽い男に見えるかィ」
「見える」
「おいてめっ」
「・・・冗談ネ」

本気で焦った顔をした沖田に向けて、ぺろりと舌を出す。一瞬でも本気になった自分が恥ずかしいのか、笑うんじゃねェと沖田が唇を尖がらせた。そのまま手のひらで顔を軽く覆い隠してしまった姿を、神楽はけらけら笑ってからかってやった。

「つーか、さっきの答え、ちゃんと聞いてないんだけど」
「さっきの?」
「待っててくれんの、」

俺が迎えに行くまで。首を傾げた沖田がこちらに向かって手を伸ばしてくる。
どことなく躊躇を感じられる沖田の動作に、神楽はハアアと大きな溜息をつきそうになりながら、沖田の手を取った(だから、そういう聞き方はずるいのだ)(言うべき答えは決まってしまう)。

「おうヨ。待ってるアル、あっちで」
「・・・おう」
「だから早く、迎えに来いヨ」

おう、沖田が二度目の強い頷きを返してくる。それだけで、十分だった。今はこの、神楽の手を包み込む温かさが全てを救ってくれるような気がしてならなかった。
国際電話、高くねェと良いけど。なんて、言って笑ってみせて。来るべき未来を見据えて苦笑を漏らす沖田につられて神楽も笑ってしまう(願わくは何年後の今日も、コイツとこんな風に笑っていたい)。



ただ笑っていられる未来が欲しい
title 臍

≫ま(・∀・)さん
リクエストの内容と少しズレてしまって不安もありますが、神楽から沖田に向けての好意はあんまり書いたことがなくて新鮮でした^^
温かなメッセージとても嬉しかったです。企画参加とアンケートにも協力ありがとうございました!



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