たでーまあと鼻にかかった大声を上げて、おぼつかない足をした銀時が志村家の玄関に現れた。 夜も遅いんですから、もう少し静かに帰って来たらどうですか。玄関先にやって来た妙が注意するが、目尻まで真っ赤にした酔っ払いがそれを聞いているのかはいささか怪しい。 玄関にブーツを放り捨てた銀時が、よろよろと廊下に足を踏み入れる。その体がふらっと倒れそうになるので、慌てて手を伸ばした妙が支えてやった。 「ちゃんと立ってくださいな」 なだれてきた銀時の背中を何度か叩く。 その時、妙の肩に頭を預けてくる銀時の首筋が真っ赤なのを見つけて、あらあら、と妙はひとりごちた。この男、一体どの位飲んでいるのだろうか。銀時はあまり無茶な酒の飲み方をしない人間である。それを知っている妙は首を傾げた。 「結婚してくれ、って、言われたんだってな」 「・・・あら、」 「そんで、すぐに振っちまったらしいじゃねーの」 足元が危なっかしい銀時の代わりに布団まで連れて行こうと、冷たい廊下にゆっくりと足を進めていた妙だったが、不意に聞こえた銀時の声に足を止める。 その話、どこでお聞きになったんです?と聞けば、すまいる。妙の首元で、少し呂律の回らない銀時の舌が言う。 話したのはおりょうか、もしくは花子だろうか。妙はすぐに、お喋りな同僚ふたりの顔を頭の中に思い浮かべた。 「ずいぶんとまた、勿体ねえ話だ。どっかの社長さんだったんだろ。しかも、家柄も良いとくれば性格まで良いときたもんだ」 「ええ、人生に一度あるかないかのビックチャンスだったわね」 「それをなーんで、お前は断っちまったわけ」 「なんでって、」 妙の中ではすでに答えが出ていたのだけれど、もったいぶって口を閉じる。すると、早く言えよと急かすように、重たげにのろのろと銀時が頭を上げた。かちりと目が合う。 「・・・だって、銀さんがいるもの」 これが理由じゃだめですか。若干の照れと口元のむずがゆさを覚えながら、妙は銀時に向かって言った。対して、妙を正面から見据える銀時はぐっと眉を深く寄せて、ひどく複雑な表情をしている。 「ダメじゃねェ、けど、」 「けど、・・・なんです?」 「お前はそれで良くても、・・・俺が困る」 「どうして銀さんが困るのよ」 「だって俺ァ、どっかの社長さんよりお前を幸せにできる自信はねーもん」 どうせ俺はちゃらんぽらんの万年金欠でマダオだからな、と、いつも妙が銀時に対して言う悪口を銀時自身が口にする。その声がどことなく、不貞腐れた風に聞こえてしまったのは妙の気のせいだろうか。いや、気のせいじゃないはずだった。 男はきっと、大きな勘違いをしている。 自分が足枷になったと思いこんでいるに違いない。 もしや男は、こんな愚考のためにこんなになるまで酒を飲んだのかもしれない。だとしたら、とんだ大馬鹿者だと、妙は呆れ果てる。 「可笑しなことを言うんですね」 「・・・あァ?」 幸せになれと言う銀時に対して、もたれかかる銀時の体を支える妙は、そっと息を吸って、吐く。溜息をついた妙が手を伸ばす。もたれかかる銀時の重さに耐えながら、よしよしと赤子をあやすみたいに銀髪を梳いた。ばかなおひとね、と言うみたいに。 「幸せにできる自信って言われても、私、あなたと一緒じゃないと幸せになれないんだけど」 こんな話は愚問だわ。妙が当然のことを言ってのけると、銀時は黙り込んでしまった。俯いた顔を妙が覗きこむと、真っ赤な顔の銀時がいた。どうやら酒の酔いが悪化したようなので(それ以外の理由もあるかもしれないが)、さっさと布団に運んでやることにする。 幸せにしてくださいね、と誰に言うでもなく妙が呟いた。 しあわせにしてね ≫ありすさん 企画参加ありがとうございます!折角頂いたリクエストですが勝手に一つにしぼらせてもらいました、申し訳ないです。甘々じゃない所もすんまっせん。私なりに頑張った結果です・・・っ(汗) リクエストありがとうございました! 戻る |