台所窓からの風を受けて、出入り口の暖簾につけられた風鈴が鳴っている。雨どいを直すために作業着姿に着替えていた神楽は、汗のかいた頬を撫でていく風に目を細めた。
日当たりのよい縁側とは真逆に位置する台所は、日陰が覆われているわりに風が通りやすい。志村家の中でも、ここはいっとう涼しい場所に思われた。
麦茶をグラスに注ぐ背中に話しかける。「あら神楽ちゃん」麦茶のボトルを一旦台所のカウンターに置いて、妙が神楽を振り返った。その立ち姿は翡翠色の着物を着ている。

「その着物、ごっさ似合ってるアル」

本当は今朝のうちに言いたかった。ありがとうね、と嬉しそうな表情をするけれど憂鬱さは相変わらず抜けていなくて。ぜんぶお前のせいだ、と神楽は心の中で銀時を呪ってやる。

「アネゴ、あの天パになにかされたアルか」

まばたき静かに三回、そうしてたっぷり時間を使ったあと。神楽への返事をどうしたらいいか困ったというふうに妙が眉間にしわを寄せた。

「隠さなくてもいいのヨ、困ったことがあったら神楽様に任せるヨロシ。場合によっちゃ私の傘が火を噴くネ。アネゴを困らせるあの白髪パーマを黒焦げパンチパーマにしてやるアル」
「あら、できることなら是非そうしてもらいたいわね」

にっこり妙が笑う。瞼で隠されているがその細めた目は笑っていないから、わりと本気で言ってるようだった。
じゃあ早速、と傘を取りに行こうとするが、「お待ちなさい」という妙の声が神楽を制止した。

「でもね、神楽ちゃんの心遣いは嬉しいんだけど、これは私自身があの人とケリつけないといけないことだから」
「よくわかんないけどアネゴは銀ちゃんと喧嘩中アルか」
「そうね、喧嘩みたいなものね」
「だったら銀ちゃんとサシで勝負アルな、勝負パンツ履いて」
「ねえそれ意味がわかって言ってるのかしら神楽ちゃん」

勝負と言ったら勝負パンツ。そう相場は決まっているのだと、ずいぶん前に銀時から聞いたことがあるだけで。詳しい意味なんて知らない。素直に首をひねると、「なら良かった」と妙は安堵したように微笑んだ。いったいなにが良かったなのか、神楽にはわからなかった。
妙は本当に勝負パンツ履くのかもしれない。それは神楽のなんとなくの考えで、女の勘というやつだ。勝負するから勝負パンツ。その意味は神楽が知らないものなのかもしれない。
追及しようとする神楽に、妙が呟くようにぼそりと言った。

「今回は百パーセントあちらが悪いけど、折れなくちゃいけないのは私なのよねえ」

だから面倒なんだけど、妙が付け加える。喧嘩は悪いことをした方が謝るもんじゃないのか、その問いかけに妙は答えをくれなかった。
置きっぱなしの麦茶のボトルは表面に水滴をつけていて、注ぐ作業を再開した妙の指先を濡らした。そのあとで丁度良いから麦茶のグラスを持って行くようにと頼まれた。二人が顔を合わせて気まずい雰囲気になるのを見越して、快く了承する。
暖簾をくぐって台所を出る。グラスを乗せた盆を両手に、志村家の廊下を歩く神楽は青いつなぎ姿を思い浮かべた。
なんて文句を言ってやろうか、そればかり考えている。




「銀ちゃん、アネゴになにかしたアルか」

唐突な質問は図星であると踏んでいた。麦茶でも噴き出せばいいと思ったが、相手に動揺した様子はなくて拍子抜けだった。休憩と称して縁側に腰を下ろした銀時は、ごくごくと麦茶のグラスを飲み続けている。
「銀ちゃん」聞こえてないのか、音量を上げて呼びかけると、「ああ」と唸るような声音で曖昧に返事をよこした。

「ふたり喧嘩中なんでしょ。はやくなんとかしてヨ、見てて気分良いもんじゃないアル」
「喧嘩じゃねーよ痴話喧嘩だ」

自分で言うかそれを、と、神楽は大きく目を見張った。勝負パンツの意味は知らずとも痴話喧嘩の意味はわかる。男と女がチョメチョメとかそんな感じの。伊達に渡鬼を見ている神楽ではなかった。
やっぱりインモラルだったアルヨ新八ィ。脳内でテレパシーを送ってやる。
ちなみにこの場に居合わせていない新八は、神楽と入れ替わりに妙の元に行ってしまった。新八がここにいたときのことを考えれば阿鼻叫喚の大惨事だったわけで、シスコンはいなくて正解だったような気がした。

「じゃあはやく解決してヨ。痴話喧嘩なら私や新八にはどうにもできないアル」
「俺ァ今回亭主関白気取ってんだ、俺から折れる気はねーんだわ。それはお妙に言ってくんねェと」
「銀ちゃんに亭主関白は無理アル、お前は一生アネゴの尻に敷かれる運命なのヨ」
「言ってろ」

飲み終えて空っぽになったグラスを盆に戻したあと「暑ィな」そう呟いて、襟元にかけた手拭いで顔を拭いながら、銀時が神楽を見やってくる。考えるような素振りをする。やわらかい癖毛の中を掻きまわして、神楽、と呼ばれる。
返事をしてないでいると、「お前今日も早く寝ろよ、オロナミンCあげるから」と銀時が言った。
眉すら微動だにしない銀時の顔からは真意が読めない。世の中わからないことだらけだと思った。妙との会話を思い出しながら、大人って難しいアルと子どもを気取ってやる。
いろいろ聞きたいことはあったが、最終的に質問はひとつに絞った。

「銀ちゃんも勝負パンツ履くアルか」

よっこらせと銀時が立ち上がった瞬間を狙って聞けば、思惑通り、神楽の前で銀髪バカは足をもつれさせてすっころんだ。



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